K馬日記
サリュウラヴケーマ号とバリトンサックスの『ウエエ、ウエエ』なわだち
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2009年01月03日(土) 道教

仏教・儒教とともに中国で並び称される宗教、道教についての話。
そもそも道教の源流は春秋戦国時代にまでさかのぼらなければならないでしょう。
諸子百家のうちに道家という思想家が居りまして。
老子、荘子に代表されマスが。
代表的な考えに無為自然なんてのがありますね。
それに加え、諸子百家の陰陽家雛衍の陰陽五行説も加わり。
それを元手に2つの宗教結社が後漢末に結成されます。
張角の太平道と張陵の五斗米道です。
ちなみに太平道は最終的に後漢をぶっつぶすほどの勢力となっていきます。
それほど中国に浸透していったんですね。
そんで。
南北朝時代(中国にも南北朝時代はあるんですヨ!)
北魏にて、寇謙之と呼ばれる人物が道教の寺院である道館を建立して大成します。
太武帝は寇謙之を重用し、道教を国教化(!)します。
と、同時に廃仏政策もおこなうんですねー。
帝政ローマ期のディオクレティアヌス帝のようです。
その後、唐の時代は「信教の自由」が認められて(!)おり。
仏教、儒教、道教に加え、マニ教、ゾロアスター教、ネストリウス派のキリスト教など三夷教と呼ばれる宗教も現れます。
そいえばイスラーム教も回教という名で中国にやってきますね。
つまり、信教に関してはかなり寛容だったんですね。
更に、其の中でも道教は彼の有名な玄宗皇帝の寵愛を受けます。
彼の治世で道館やら、教典の道蔵なんかも編纂されます。
そんで宋の時代になりますと。
五胡十六国時代を経た複雑な王朝ですので(燕雲十六州など)
異民族の侵入がばんばんくるわけですね。
特に金は北宋を滅ぼした金は華北一帯を支配してしまうわけですね。
そんな異民族の統治下で、王重陽という人物が道教の新たな宗派、仏教儒教道教を融合した全真教を創始します。
まあ、純粋な道教信者からすれば裏切られた気分なんでしょうな。
金の侵略をなんとか防いでいる南宋ではそのまま純粋な道教を信仰します。
彼らは全真教に対する対抗心がありますもんで。
正一教と称して反抗心むき出しにします。
江南で広まる感じですね。
元で特に広まりますねー。
かくして!!
道教は大きく二分されてしまったのです・・・。
あはれ、道教内部分裂かな。。


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