K馬日記
サリュウラヴケーマ号とバリトンサックスの『ウエエ、ウエエ』なわだち
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2008年12月02日(火) 1000年戦争

数十年前、密かに終結をした戦争がある。
おそらく、史上最長の戦争である。
独仏間で行なわれていた1000年戦争。
962年、オットー1世がヨハネス12世から戴冠し、神聖ローマ帝国建国からおよそ1000年。
フランスがフランク王国であった時からの対立は。
1967年のヨーロッパ共同体(EC)の成立をもって。
劇的に終結していたことに気付いている人は少ない。
第2次世界大戦終結まで。
ドイツはフランスを侵し、フランスはドイツを侵す。
犬猿の仲としての独仏は持続し続けた。
・・・
フランク王国が800年、カール戴冠をもってローマ教皇に接近したのち。
フランク王国は教皇の後ろ盾を大きなものとして繁栄してきた。
ヴェルダン条約によって三分され、メルセン条約によって国境を接することとなった。
東フランクとして成立した神聖ローマの前身はその当時からすでに西フランクとの仲を悪くしていた。
それもそのはず、中フランク(今のイタリア)を巡って分断されたと言っても過言ではない。
独仏の前身からすでに対立は深まっていたのだ。
962年、神聖ローマ帝国の成立は第一ドイツ帝国の成立として名高い。
つまり、ドイツの成立である。
シュタウフェン朝、ハプスブルク朝の成立をもって繁栄をしていくドイツであるが。
次第に領邦国家としての性格が強まっていき、国力の衰退が始まる。
そこで出現したのがカール5世である。
スペイン国王カルロス1世としても名高い(当時ドイツ皇帝は選挙制であった)
イタリア戦争、宗教改革、三十年戦争を闘い抜いたが、結局フランス優位のまま没していくのである。
その後、ルイ世代による絶対王政によりフランスは栄華を極めるが、イギリスの繁栄で歴史の陰へと舞台を移す。
1804年以来のナポレオン時代にはフランスは大帝国となるが、それも夏の夜の夢であった。
1871年ビスマルク主導により、ドイツ帝国(第2ドイツ帝国)が成立したとき。
対仏復讐心はすさまじく、ヴェルサイユ宮殿において建国は宣言された。
ナポレオン3世は囚われの身となり、完全なるフランスの敗北であった。
第1次大戦後、三国協商側のフランスは、三国同盟のドイツに対して優位に立ち。
ヴェルサイユ条約をもって対独復讐熱による天文学的賠償金、領土割譲はむごく。
ベルギーと共同出兵したルール占領でドイツ人の対仏復讐はますます熱を帯びた。
その後ヒトラー総統による第3ドイツ帝国が成立すると第2次大戦が勃発した。
対戦中、ドイツはものの数日でパリを占領し、親独政権であるヴィシー政権をフランスに打ち立てる、強行的独仏併合に乗り出した。
かように、1000年間独仏は互いに主権を主張し合い、闘い続けてきた。
これはヨーロッパの振り子と呼ばれたアルザス・ロレーヌ両地が顕現している。
そして、1967年。
冷戦構造による2極化が進むなかで。
ヨーロッパ共同体は成立した。
其の内容とは、政治的な統合も視野に入れた上でのコミュニティである。
すなわち、独仏が互いに主権を制限し合う動きに移行したのである。
神聖ローマ帝国建国から約1000年。
かくして独仏間の果てしも無い戦争は終結したのであった。


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