K馬日記
サリュウラヴケーマ号とバリトンサックスの『ウエエ、ウエエ』なわだち
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今日はー。 世界史の絵について熱く語った。。 いやね、ぼくは世界史の資料集やら教科書やらに出てくる絵が大好きなんですね。。 ウルのスタンダードやら、ワールシュタットの戦いの絵やら・・・。 しかし! どうにもルネサンス以降の絵にはあまり魅力を感じない(汗) そりゃあボッティチェリとかダヴィンチとかミケランジェロとか世界的な絵は良いですよ。 実際に見たいと思うし・・・。 でも・・・それだけなんだよね。 自分の胸に迫ってくるものが無い。 まあ、実際に見た事ないんだけどさ。。 あくまで、資料集での話ね? 写実的すぎるのが一番の要因かと、思われる。 写実的だから、正直現在は歴史の延長だなと思うのですが。 歴史において現実味を帯びるという事は、ぼくにとってロマンの喪失につながる。 中世以前の絵は良い。 まるで違う人間がうごめいている。 面長すぎるジャンヌダルクが兵隊を指揮し。 お互いに近すぎる弓手が射抜き合う。 その非常識がたまらない! それを顕著にあらわしてるのが。 ウルのスタンダードであり、リーグニッツ城であるのです。 ルネサンス期であれば、ブリューゲルの「農民の踊り」やファンアイクの「アルノルフィーニ夫婦の肖像」であるわけです。 ブリューゲルのあの絵はぼくが理想とする中世の権化のような絵なのです。 あれほどの中世の平和を描写した絵が他にあろうか!? ぼくの知る限りないのです。 まあ、ぼくが知ってる絵もかなり限られてるけどね。 その中世の権化という意味で、ブリューゲルは歴史性を失っていないのです。 ファンアイクは、実に写実的な絵を細微に渡って描く。 しかし、アルノルフィーニ夫妻は決して現実性を帯びていない。 生命感ということではない。 ファンアイクの描くアルノルフィーニ夫妻は実際に動き出しそうな雰囲気をもっている。 現代人のそれを欠いているのだ。 その非現実性こそが自分の胸に莫大な量の感動を与えてくれる。 非現実性つったらマグリットの「収穫の季節」もそうじゃね? でーも。 それは非現実性を求めた絵であるので。 当時の現実性を求めた上で、今の非現実性に繋がっている絵とは明らかに一線を画しているのです。 この中で一番の自分のお気に入りは「ウルのスタンダード」に限ります。 平和性と残虐性を含んだそれを見ると、脳が揺さぶられる感覚を覚える。 が、しかし。 これを理解してくれるクラスメイトは皆無でした。 ずれてるのはわかってるよ。 現代の川からそれた小石なんだ。 ただその小石があるところは、昔川が流れていた場所なんだ。
ただ、こういう話で毎回話題になるのは。 フスの火刑を描写した絵なのです(笑)
明日は群馬県民の日なので。 朝からお遊びします。 マリオパーティー60ターンです。
にゃもん。
多田K馬
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