K馬日記
サリュウラヴケーマ号とバリトンサックスの『ウエエ、ウエエ』なわだち
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2008年10月21日(火) 彫刻性

冗談はシンプルだ。
具体性をもった冗談というものは、寧ろ真意のように思える。
冗談が、真実を含蓄していることがある。
かつて実際に自分もしたことのある冗談だし。
されたことのある冗談。
だからこそ、そういった類の冗談には敏感になっているというのが現状。
「しね。」
という一言は含蓄という意味ではなんの内容もない。
しかし。
「おまえ、うっとうしいからしね。」
というある程度の具体性をもつとき。
その含蓄にはその言葉と等量の内容がある。
言われた方はそれが本音だと悟る。
し、言う方も悟られようとして言う。
伝わらなくちゃ本音の意味がないから。
そして妙な不文律が成立し、ある意味でお互いを完全に把握し合う。
余計な干渉を排除した、確固たる関係が築かれる。
その彫刻のような関係が嫌だ。
だって冗談めいて本音を言う方法を為手としても受手としても、多く経験してきたから。
形はあるけど、冷たくて無機質な、彫刻性の怖さを知っている。

それ以前に。
自分はある意味で奔放過ぎるのかもしれないよ。
同時に強欲だね。
奔放な強欲は多分決して満ちることはない段階まで来てしまったのかもしれない。
もしそうだとしたら、おれみたいな人間は。
脱俗することでしか生きていけないのかとも思ってしまうよ。
でも時が全てを解決してくれるかもとか。
心のどこかで思ってる。

にゃもん・・・。


多田K馬 /K馬への報告 /これ押すべし(≧ω≦)ノシ

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