K馬日記
サリュウラヴケーマ号とバリトンサックスの『ウエエ、ウエエ』なわだち
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2008年10月15日(水) 近代合理主義に遅るる日々

よく手際がいいとか。
合理的だとか。
無駄がないとか。
完璧主義だとか。
めちゃめちゃ理数系な言葉を受けるんですが。
決してそんなことは決してありません。
むしろ無駄が多すぎて現代についていけてないデス。
合理主義よりも優先すべきことをいつも心にもっています。
正しいことは正しいけれど。
「人間として」もっと優先させなければならないことがあるんじゃないでしょうか。
「人間として」という概念も大分曖昧だけれども。
合理化が追究された現代ではぼくの基準は時代をさかのぼる必要性があるのではないかとも思いますが。
死を賭しても厭わぬ、とは言えないまでも、ある種の信念というものを持っていますか?
愛だとか、平和だとか、友情だとか、色々ありますけれども。
儒教的精神というものはどれにも共通して超重要だと思います。
そして今の世界でもっとも欠如している精神。
国内で起こっている問題についてよく考えてみると。
全員に儒教的精神が宿っていればいいと思う。
子どもはよく、大人はどうして悪いことするのかと問う。よね?(笑)
儒教的精神が備わってない子どもでもわかるのよ。
「悪いことはしてはいけない」ってことがさ。
世界を知るにつれてどんどん必要な悪事というものを覚えていく。
思想統制というものはしてはいけないと思うけど。
儒教洗脳はしてもいいと思う。
そうじゃなくちゃ、もう手遅れだと思う。
こんな考え方は。
時代遅れなのか?
それともシュールレアリスムなのか?
とりあえず今日は。
近代合理主義に遅るる日々としておこうか。
にゃもんノシ


多田K馬 /K馬への報告 /これ押すべし(≧ω≦)ノシ

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