| 2009年09月05日(土) |
『私が棄てた女』読了 |
山内久脚本『私が棄てた女』読む。読了。
次行のト書き、次の台詞の意外性がもろ心臓にグサグサ刺さる連続で読了する。
奇をてらった意外性ではなく、ハッと気づかされる人間の業、心根、佇まいの
描写に終始軽いショックを覚えつつ読む。
いつものごとく情報の下調べなく読んだので、読後に検索する。
Wikipediaによると山内久氏の奥さんは脚本家の立原りゅうという方で
その立原りゅうさんのお父さんが脚本家の野田高梧氏とのこと。
その野田高梧氏は、小津監督と共作という形で小津安二郎監督の
『晩春』(1949)から『秋刀魚の味』(1962)までの作品を手がけたのだそうだ。
つまり先日見た『麦秋』(1951)『東京物語』(1953)
『彼岸花』(1958)『秋刀魚の味』(1962)
の脚本も然りということだ。ああ、琴線の糸は繋がってるんだなあ。
さらには『私が棄てた女』は遠藤周作の長編小説「わたしが・棄てた・女」が原作とのこと。
思いがけなく宝箱を開けたら出てくる出てくる。
心情の描写が前衛的(というか複雑)な印象があったのは
小説が原作だったからなのね、と理由がわかってちょっとつっかえが取れた。
Wikipediaによるあらすじを読むと、映画の脚本は原作と要所々でちょっと違っている印象だ。
これは想像だけど作品から受ける「密度」という点では同じではないかと思う。
熊井啓監督の『愛する』も「わたしが・棄てた・女」を原作にした作品とのこと。
こちらは直ぐ見たい感じじゃないけど、気持ちに留めておいおこうと思う。
そして遠藤周作「わたしが・棄てた・女」のヒロインの森田ミツは
「実際にハンセン病と診断されながらも誤診で、
のちに看護婦になった経歴を持つ井深八重がモデルとなっている。」
という記述を読み、Wikipediaの井深八重さんの項目を読んでさらに強く心引かれる。
まずは「わたしが・棄てた・女」を読んでみようと思う。
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