「おい、起きろ」 頭をひっぱたかれて目が覚めた。 「痛ぇ……なに……」 叩かれた後頭部をさすりさすり、うつぶせになっていた体を少しだけベッドから起こす。見上げると、怖い顔がこっちを見下ろしていた。 「何、じゃねえよ。おまえまた分別してないじゃないか」 「……ぶんべつ……」 寝起きで、何を言われているのかすぐにはわからなかった。 「……って、何……?」 「燃えるゴミと燃えないゴミは分けて捨てろってあれほど言っただろ、どうして燃えるゴミのとこに新聞とペットボトルが一緒に入ってるんだよ。資源ゴミとペットボトルも別にしろって何回言ったらわかるんだこの頭は!」 「痛っ、痛いって、裕司!」 べしべしと何度も何度も頭を叩かれ、悲鳴じみた声を上げつつ、ようやく目が覚めてきた。 「ごめんなさい、もうしません、もうしないからあと五分寝かせて……」 「おまえ今日早く起きて先に出るって言っただろ」 「あと四分……」 往生際悪く枕にしがみついていたら、その枕を強引に取り上げられた。 「三分三十秒ー」 そろそろ本格的に覚醒してきたが、叩かれたのがおもしろくなかったのと、九割くらいは甘えたくてぐずってみる。 「へえ、そういう態度」 冷たい声が降ってきた。 「三分十秒……」 「実力行使で起こすぞ」 「二分ごじゅ」 言いかけた途中、力業で体を上向きにひっくり返された。驚いたが、眠ったふりで目を閉じる。鼻で嗤う気配がして、ちょっと薄目で様子をみようかなと思っていたら、出し抜けに鼻をつままれた。 「!?」 さらに驚き、慌てて相手の手を握ってみるが、力でかなわずびくともしない。段々息苦しくなってきて、そうだ、口で呼吸をすればいいんだと思いついた瞬間、顔が近づいてきて唇で唇を塞がれた。 「んーっ!」 これで完全に息ができなくなってしまった。足をじたばたしていたら、今度はその上にのしかかられる。背中を思い切り叩いてやっても、痛がる気配すら感じられない。 「んー! んんー!! ……んっ」 苦しくて、相手の胸を押し少し唇の間に隙間ができて、やっと息ができると思ったら舌が潜り込んできた。 「……ゆ……苦し……」 喘ぐように言った声は、やっぱり甘えたような響きになっていたと思う。いつの間にか鼻から手ははずれていて、代わりに両手で頬を挟まれていた。 目を閉じたまま、深い接吻けに、つい熱心に応えてしまう。朝っぱらから官能的な触れあい。ああこんなことしてる場合じゃないのに、と思いつつ、背中を殴っていた拳を開き、てのひらで同じところをゆっくり撫でてしまった。 「――早起きして会社に行く予定は?」 うっとりとキスを味わっていると、笑いをこらえるような声が聞こえ、ようやく目を開く。 声と同じ、おかしそうな表情が、間近で自分を見下ろしている。 「……あと十五分」 拗ねた声で言ってやったら、吹き出されてしまった。 「増えてるじゃないか」 「あと十五分!」 「……はいはい」 呆れた素振りで、それでも応えてくれる弟は寛容だ。 「……ん」 もう一度降りてきた唇に、心地よさを隠そうともしない声が漏れた。抱きしめた体が温かくて安心する。
その後、もちろん十五分では済まない『朝寝坊』をしてしまった。 まあこれも日常なのだけれども。
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