2007年12月15日(土) |
ええかげんなこと言うな! |
佐世保で銃発砲による事件がおきた。犠牲になられた方々には衷心より哀悼の意を表する次第である。負傷者の中には子供たちもいた。現場にいた子供たちもさぞかし怖い思いをしただろうし、これが変なトラウマにならなければと思う。 容疑者は自殺したらしいが、自分が死ぬのは勝手だが、人を傷つけるのはいいかげんにしてほしい。
さて福田内閣、年金問題をはじめ防衛省関連問題等々苦しい立場が続いているようだ。こういった問題は首相が誰であれ確実に処理し立て直しを図ってもらいたい。 気になるのは人権問題、教科書記述問題、外国人参政権問題等々、我が国の国としての根幹に関わる問題の対処だ。 小泉・安倍首相時代に、やっとまともな国になるのかと安堵してたが、福田首相になって自民の古い体質というか、表舞台から遠ざかっていた先生方が息を吹き返してきた。 民主党もどこに進むのか、皆目見当がつかない。 アッチ系の人たちは着実に足元を固めてきている。 何でこうなっちゃったの、と嘆かないように注視しなければならない。 それこそ何でこうなっちゃったの、という事案がこれ。
≪朝日新聞社説引用開始≫ 南京事件70年―数字の争いを超えたい 70年前の12月、中国を侵略していた日本軍は、直前まで国民党政府の首都だった大都市、南京を陥落させた。日本軍は中国兵士を捜し回り、その過程で多数の捕虜や一般市民も殺した。 南京事件である。南京大虐殺とも呼ばれる。その様子を記録し、展示する現地の大虐殺記念館が2年がかりで改装され、一般に公開された。 大幅に拡張された展示スペースには、従来の約6倍にあたる3500枚もの写真が掲げられたという。むごい写真に驚きの声が上がり、目をそむける人々も、食い入るように見る人々もいた。 今年は、日中が全面戦争に突入した1937年から70周年にあたる。中国ではさまざまな記念の催しが計画され、南京大虐殺についても多くの映画が制作されると伝えられた。反日感情の再燃が心配されていた。 だが、中国当局もそれを意識していたのだろう。それらの映画は公開されず、記念館の開館式典にも、党や政府の大物指導者は顔を見せなかった。 新しい記念館の壁などには「30万人」という犠牲者数が書き込まれている。中国での戦犯裁判で確定した数字、というのが中国側の公式見解だ。しかし、これにはさまざまな見方があり、日中間の感情的な対立も招いている。 日本の専門家の間では、数万人説や「十数万から二十万人」説などがある。私たちも30万人はいくらなんでも多すぎると思う。だが、一部では虐殺自体を否定する暴論まで語られている。新記念館に掲げられた数字は、そうした日本の論議への怒りを表してもいるようだ。 事件から70年を経たが、日中相互の反発やわだかまりは縮まらない。和解へ歩み出すことの難しさを痛感する。 殺戮(さつりく)の状況は、現場にいた日本軍の兵士らも日記などに書き残している。日本政府も「南京入城後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」と認めている。 数字の探求は専門家に任せるべきだ。実は中国の学者の間にも、一つの数字にこだわらず、より実証的な研究を求める声がある。冷静な学術研究を通じて、いずれ数字は変わっていくのではないか。 両国の政治にとっていま大事なのは、この事件を日中間の障害とせず、和解に向けて手立てを講じていくことだ。 過去にも、そんな取り組みはあった。村山、小泉首相は盧溝橋を、橋本首相は旧満州の瀋陽を訪ね、歴史を直視する姿勢を見せようとした。橋本氏は南京訪問すら検討し、下見も行われたが、実現しなかった。中国側の数字を正式に認める形になるのを懸念したのだろう。中国政府にはそうした実情も理解してほしい。 このまま放置するわけにはいかない。福田首相は70年の節目に、追悼と和解への思いを語ることはできるはずだ。そうした積み重ねが、やがて数字の壁を越え、和解への扉を開くに違いない。 ≪引用終了≫
我が国の外交がいかに下手で弱かったかという証しでもある。 というか、「数字の探求は専門家に任せるべきだ」という朝日。開いた口がふさがらない。 いったいどこの国のどの新聞が、今のような状況を生み出したのか? この新聞にはわが身を振り返り間違いを正すという自浄能力はないようだ。 「このまま放置するわけにはいかない」のならどうするの?「追悼と和解」?つまり首相に謝罪をさせて和解金とやらを支払えというつもり?
|