月に舞う桜
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2021年01月11日(月) |
【本】平野啓一郎『ドーン』 |
平野啓一郎『ドーン』(講談社)読了。
昨年末に読んだ『決壊』は絶望的にかなしかったが、『ドーン』はその先に希望が見える物語だった。 100年後のような遠い未来ではなく、2030年代という、現在と地続きに感じられる舞台設定が良い。 現実の黒人差別や同性愛者差別や米大統領選挙などのあれこれに考えを巡らせつつ読んだ。
喪失からの回復、差別、悪と恥、遺伝と環境、監視社会、誰が誰を戦争に行かせているのか、“ここ”を抜け出して遠くへ行くこと、異性愛者が「あなたは同性愛者か?」と訊かれたときの答え方の難しさ……etc. 生きていく上での、あるいは社会にある、多くの問題を物語の中で無理なく提示する手腕に相変わらず唸らされる。
「役に立つから生きていていいわけじゃない」というような、最近よく目にする(だから手垢の付いた印象も否めない)一文も、凝った比喩表現や文章構成の中に突然ぽんと出てくると、ひときわ輝きを増して見え、真実さが強固になる。 また、「能力があるのにマイノリティゆえに排除される」は描かれやすいけれど、その側面だけでなく「適性がないのにマイノリティゆえに政治的に利用されて持ち上げられ、潰れてしまう」という不幸にも光を当てているところが、さらに一歩踏み込んでいて好ましい。
人生を突き詰めすぎると、誰かを殺すか発狂するか、自殺するしかなくなる。だから、生き延びたいなら、ときどきは物事を軽薄に考えることも必要だ。 何百ページもかけて綴られた出来事を今日子の友人がたった6行にまとめてしまったように、ああいう、ある種の軽薄さが必要なのだと思う。結局のところ、何でも、「それだけのこと」だったりもするのだ。
「個人」の中には対人関係ごとに異なる人格「分人」が存在するという考え方は、自分の日常生活に照らしても無理なく受け入れられる。 が、あまり分人というものを考えすぎると、近しい人の、自分には見せない分人が気になってしまうということもあるのではないか。
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