月に舞う桜
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映画『恋愛寫眞』を観る。 感想第一声は、「堤幸彦って、こういうのも撮るんだー」。 私の中では、堤幸彦監督と言えば『TRICK』なもので。 とてもきれいな映画だった。きれいで、ゆったりと流れて、美しく切ない。 変に感動を誘ったり盛り上げたりしようとする演出のないところが良かった。日々が淡々と描かれていることで、却って想いの強さや切なさが表れていたように思う。静かに淡く、でも一途な想いがかなしかった。そういうのが、好きだ。 けれども、今このタイミングで観たから心の奥の方まできちんと染み渡ったのだという感じがした。必要なときに逃さなくて良かったと思える映画だった。 松田龍平という俳優さんはもっとアクの強い人かと思っていたけれど、「普通の感じ」を出すことができて、それが似合う人だった。
一つ難点を言えば、終盤で無理にサスペンス風味を出していたことだ。 それまでのせっかくの空気ががらっと変わってしまった場面があって、それがものすごく勿体無かった。 静かな流れを守ったまま進めることはできなかったんだろうか。
個人的に印象深かった場面。 「思い出は、いつも突然やってくる」と、誠人(松田龍平)のモノローグ。 その直後に出てくる回想で、風船が電柱に引っかかってしまって泣いている女の子に、静流(広末涼子)が言う。
「泣いてても、何も変わんないよ」
思い出は、いつも突然やってくる。 本当にそうだ。 泣いたら、何か変わることもあるかもしれないよ。そう言った人がいた。 本当に、思い出はいつも突然やってくる。不意打ちで、面食らう。 「泣いても何も変わらない」と言った静流は、けれども電柱によじ登って風船を取り、事態を変えてあげた。 「泣いたら変わることもあるかもしれない」と言った人は、けれども事態を変えることに手を貸してはくれなかった。 二人の違いは、何か決定的な真実を含んでいるような気がして、ちょっとかなしいような錯覚に陥った私は、テレビ画面に向かって小さく笑ってみた。
映画や小説は、こうやって受け手一人一人の固有の記憶とおもしろいようにリンクする。だから、「他人の物語」なのに心に強く残るんだ。
静流みたいな人になりたいと思った。
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