しんどい。昨日は飲み過ぎた。アルコールが脳にダメージを与えている。死にたい。
私は悪いことをいっぱいしてきた。でもそれは病気の影響下にあったためであり、私に責任はない。だからこれ以上自分を責めてはいけない。
何もする気がしない。どこにも行く気がしない。仕事もする気がしない。遊ぶ気もしない。
弁証法的行動療法の本を買った。高かったが、境界例に効くと効能書きにあったので、思わず買ってしまった。でも欧米人の書いた心理本で役立ったものはあまりない。特にアメリカ人は日本人と違いすぎるんじゃないか。
日曜日はいつも不安発作で横になっていたのが、ここ最近は起きていられるようになった。脳のダメージも少し回復したかもしれない。耳鳴りも少し良くなって来た。
今日は今までになく元気だ。明るい気持ちになった。耳鳴りが少し治まったせいか。自転車で外出して来た。
しんどい。明日から会社だ。一週間は長い。目の前が暗くなってくる。休みもほとんどない。しんどくなってきた。今日は割と元気だったのに。
柴崎の小説を読んでいる。何か読みにくい。筋らしい筋はないのに、エピソードが無数に連なっていてよくわからなくなってくる。著者は大阪から飛び出して東京にデビューしたようだが、そこで何がしたいのかよくわからない。また大阪に舞い戻ってぶつぶつつぶやいたりしている。それと戦争の話がどうつながるのかわからない。
あのばばあがどうしても許せない。いつも繰り返し、あのばばあにされたことがよみがえって来てはらわたが煮えくり返る。どうしてそこまでされなければならないのか。それが今は手のひらを返したようにへらへらしている。許しを請いたいのか。卑劣極まりないやつ。女とはそういうものだ。哀れなやつ。
自分も他人も憐れもう。自分を哀れんで、得になることをしよう。自分を大事にしよう。
離れる。断ち切る。壁を作る。これが私のこれからの人間関係におけるテーマだ。変なやつばかりだ。頭のおかしな何の価値もない盗人や人殺しや強姦魔ばかりだ。そんな世の中で無防備でいてはいけない。離れる、断ち切る、壁を作る。これしか私にできることはない。あのばばあにいびられていたときもこれができていれば無傷でいられた。正しい行動をしていれば守られるということではない。精神異常者ばかりなんだ、この世は。
柴崎読了。何か長いだけで、楽しめなかった。失敗作だと思う。あるいは次の傑作のための準備、習作。でもこれで私には十分だ。細部はこれで十分楽しめた。東京で柴崎のりの文体が通用するのかという野心的な試みだったかもしれない。過渡期なんだ、この作家は。
小田のドキュメントを読んでいる。フィクションとノンフィクションを半々くらいの割合で読んでいる。どちらも諦められない。渾然と一体になった本があればそれが理想かもしれない。優れたフィクションにはそういう趣がある。丸谷才一とか堀江敏幸とか。これからは活字の中を泳いで生きて行きたい。現実はリア充ではないけれど、活字の中では無限だ。
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