希望の日記

2010年10月06日(水) 晴れ

切り替え、見極め、区別が大事だ。一人でいるとき、不平、不満、悪口を言いまくっている。すると一目でも切り替えができず、不満なオーラが出てしまう。悪口を言ってしまう。それが自分を閉じこもらせる。誰も相手にしなくなる。こんなことではいけない。悪口を言うやつがいる。攻撃するやつがいる。張り合ってくるやつがいる。許すことだ。許すとは気を緩ますこと。ぴりぴりしないで、切り替えて、まともに受けないことだ。仕事のときは仕事モードに切り替える。当たり前のことだ。当たり前のことが何一つできないで、半人前扱いだと嘆く。切り替えよう。優柔不断は終わりだ。
今日も楽しい一日だった。自信がついた。字がうまくなった。脳は回復するんだ。頭が今日もじんじんした。良くなったと誰もが認めてくれるだろう。許すとはけじめをつけること。優柔不断に別れを告げて、切り替えること。見極めること。噛み切れない肉を吐き出すのと同じだ。忘れることだ。その人間を好きになる必要はない。見下げ果てた奴、かわいそうな奴と思えばよい。あのばばあがもし何か言ってきたら、誰のせいで、人生棒に振ったと思っているのかときいてやりたい。これが決め台詞だ。絶対逆らえない。私を差別する奴にどういう態度をとったらいいかわかった。吐き出すことだ。許すときと同じだ。そいつを好きになろうとか、変えようとか思うんじゃなくて、吐き捨てることだ。思い切り軽蔑してよい。そういう存在なのだ。糾弾なんかする必要はない。
誰のご機嫌もとる必要はない。こんな自分になってしまった以上、誰の機嫌もとる必要はない。偉そうにする必要はないが、偉そうにされるいわれもない。誰も結婚してくれないなら、好きに遊んでいい。変態に走っても文句は言わせない。やけになっているんじゃなくて当然の権利だ。
「悪人」を読んでいて、妙に勇気付けられる。普遍的な物語であると同時に、九州特有の物語には間違いない。九州出身であることをこれほど嬉しく、誇らしく思ったことはない。これも感謝か。
感謝は続ける。有難き幸せと言い続ける。反面、自分にも他人にも厳しくさせてもらう。差別する奴は容赦しない。頭がぼけようが関係ない。切り替えだ。優しさと厳しさの切り替えだ。


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