仕事を好きになろうと決めてから、物事が思い通りに進み始めている。記憶力や理解力は一向に改善しないのにもかかわらず。ということは問題はそれではないということか。仕事きらいだからうまく行かないのか。何も難しいことを私にやれとは言わないものな。n課長の課題なんか難しすぎる。頭がふらふらしているのに、難しいことは考えられない。単純作業ですらおぼつかないのに。意識レベルが低下している。会話できない理由がわかった。薬の副作用もあるかもしれない。意識レベルが低下しているから、理解できない。だから記憶ができない。記憶力の問題ではないらしい。変なことを記憶している。でも意識レベルが低下しているから、新聞でも小説でも理解できず、楽しめない。困っている。好きになることで、改善するかな。 エビリファイとか軽い薬であっても、薬の影響を受けやすい自分としては、意識レベルが影響を受けるということはありうることだ。事実辞めたとき、覚醒状態になって、長文を書き始めた。昔みたいに。だからいつでも戻れるということだから心配要らない。仕事好きである限り、周囲の誰とも矛盾せず、むしろ助けが得られる。喜びもえられる。感謝が得られる。働く喜びが自ずとわかる。そうすると人が好きになり、自分が好きになり、受け入れられるようになる。障害があっても自分を受け入れられるし、欠点があっても人を嫌わなくなる。 朝早く起きてしまった。いの伝にかけてしまった。そこで決意表明をしてしまった。これから、仕事や人を好きになるという、自分を好きになるという決意表明。誰とも矛盾しない、いい決意だと思う。能力は大幅に低下してしまったが、こういう気持ちがあれば誰も嫌ったり、馬鹿にしたりしない。逆に能力があっても、そういうことができなければ、嫌われる。居場所がなくなる。 いくら周りがお膳立てしても、自分が仕事を好きにならないと始まらない。今までしてくれたことには感謝している。嫌いな人がいなくなって仕事が転がり込んだ。こんないいことはない。女もともに差別されたものとして、嫌ったりしないようにしよう。嫌うとその人にネガティブなパワーを与えてしまう。勘違いさせてしまう。生まれつき勘違いした奴もいるのだ。本当に怖いのは、宅間とか加藤ではなく、ああいうきちがい婆なのだ。氷のように冷淡であることしか、自衛策を思いつかない。自分を傷つけたものを愛することは肉親であってもできないし、その必要はないのだ。 私は魔物に取り付かれていたんだ。今は自由になりつつある。本来の明るく、楽しい人間に戻りつつある。足長の文集を読んだ。苦しみの真っ只中にある子供たち。その子供たちのためにだけ生きるのでもいいじゃないか。これも絆だ。わずかな募金を毎月続けているが、これから頑張る理由にしたい。あの子達のために生きるんだ。子供はいなくても社会に貢献できているんだ。それが仕事や人や自分が嫌いになったら、貢献できなくなるじゃないか。あの子達のためにも、いや、ために、好きになろう。もっともっと好きになろう。 今日は痛い失敗をした。失敗というより、病気。これはまずいと思った。活字が頭に入らないだけじゃなくて、人の言葉が理解できない。これでは生きていけない。暑さでぼけているとはいってもいくらなんでもひどすぎる。起きたまま眠っているようだ。人に迷惑をかける。休むわけにはいかない。頑張って生きていこう。 良心を取り戻そう。人に迷惑をかけてはいけない。仕事を好きになろう。自分を好きになろう。人を好きになろう。といっても好きにはなれない人間もいる。うるさいおっさんがいる。嘱託なのに、態度がでかい。昔偉かったかもしれないが、今は何ものでもないのだ。仕事で見返そう。心に決めた。そうと決めた以上、泣き言は言わない。仕事を好きになるということ、いの伝で言うと結構評判がいい。悪口を言う奴は仕事で見返そう。最初からそれしかないのだ。辛いがその道でいこう。好きになれば何事でもない。 少しやせ我慢してみようかと。遺児の気持ちを思うと、私の苦しみなんて微々たる物だ。世界の飢えた子供に比べると些細な贅沢な悩みだ。少しやせ我慢して、文句を言わないようにしよう。やせ我慢の思想。孔子の考えも皆やせ我慢しようという教えだ。
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