自分中心に生きていこう。無理せず、無防備に、スピリチュアルに。自分中心とは、人にどう思われているか気にしないことだ。きちがい婆がどう思っていようが気にならない。 あのきちがいを許すことにした。最も許すことのできないやつを許すことができたら、ものすごく成長できるし、楽になる。あのおかしなきちがい婆、地雷を踏んでしまったのだ。もう人生むちゃくちゃだ。取り返しがつかない。何でこんなひどい目にあわないといけないのか。でも許すと決めた以上、許す。それが自分のためだ。女なんか絶対相手にしないで、自分本位に生きていこう。金は怖い。金に困っている。使いすぎた。あの女と会うのは一切やめた。会いたくないのに、何で会わないといけないのか。 許したり、諦めたり、手放したりすることで、比較にならないくらい大きな見返りがある。見切り千両という。許しと諦めは同じことだ。手放すことだ。執着から自由になることだ。 許すことは壮大なプロジェクトだ。でもやりがいがある。かならずやり遂げて見せる。選択できるんだ。許そうと決めたら、やり遂げよう。 しんどい。何するのもしんどい。正しい道に進んでいたらこんな思いをしていただろうか。ものすごい業績を上げていたはずだ。でも仕方がない。そういう人はいっぱいいると思う。精神病院の天才。生活保護を受けている偉人。何でこんなにしんどいのかと思っていたが、私だけじゃないと思っていたが、私だけだった。怠け者では決してない。 薬は予防のためだけに飲んでいる。何に効いているというわけでもない。だから、自分で正しい道を見つけて、そこに戻って、健康になって、バリバリ頑張りたいと思う。 リアリズムが唯一の道と思っていたが、そんなことはないと思った。現実なんて、無限にある。それにこだわるのは愚の骨頂だ。 自伝というか、手記を書きたいと思っている。準備もなしにいきなり書き始めることは可能だろうか。とはいえ、準備をするのが気が重い。書くエネルギーも十分とはいえない。やめておいたほうがいいのか。また病気になりそうな気もする。
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