昨日は遅くまで飲んだ。楽しかった。飲めるのは週に二回だ。ビートルズのドキュメンタリーを見た。面白かった。愛されたいと思う。不安がられるよりはましだ。女性のビデオをいっぱい見た。女性はかわいいものだ。愛されている。金になる。男がかわいがられるというのはなかなか難しいものだ。私にできることは人の気づかないことに気づいて、社会に役立つということくらいだ。ジャックアタリみたいになりたい。博愛主義で生きていきたい。残りの人生、何とかもめずに生きていけたらいいと思っている。良くここまで生きてこれたものだ。奇跡だ。悪ばかりやってきた。善は私は老後の楽しみのためにとっておいた。これから老後に入るので、善行を積みたい。これからしっかり働いて、善行を積んで生きたい。時間は限られているのだ。しっかり働いて生きたい。意欲がなくなってきた。意欲を見せないといけない。しっかり働きますという意欲を見せないと、周囲の理解は得られない。女は愛しづらい。何の理由があるのかわからないが、自発的には愛しづらい。受身だったらいいかなと思うこともある。そういう性愛の形もないではない。いずれにしろ、若い子はもう無理だ。wさんの制服姿見ながらできる。それくらい好きだ。体がかっと熱くなる。恋の炎が燃え出した。いいんだろうか。うまく行けばいいが。恋なんかしたことがないんで、どうアプローチしていいのかわからない。好き同士であればこの川は渡れると思う。wさんは私に興味をもっているような気がする。何とか成就したいものだ。博愛主義で生きたい。男でも女でも分け隔てなく愛したいものだ。 仕事さえうまく行けば後はついてくる。仕事もうまくいっていないのに、何もうまく行かない。明日から仕事やる気になって本気で取り組もう。あの女から攻撃されないようにしたい。 このことは問題にしないようにしよう。中に爆弾が潜んでいる。地雷を踏んではいけない。性と権力をめぐる地雷がそこにある。決して介入してはいけない。 しんどい。今日も一日寝ていた。出かける気がしない。耳鳴りがして耐えられない。疲れている。うつかもしれない。休もうかな。そういうわけにはいかない。 私は欲や意欲というものがなくなってしまった。もう諦めてしまったのだろうか。頑張って生きていこう。仕事を楽しもう。ゲーム感覚でやるといいという。 しんどい。元気を出さないといけないのに、元気が出ない。鬱っぽい。鬱であれば、我慢していないで治療しないといけない。 しんどい。大丈夫だろうか。眠れているからよかったのに、眠れなくなると大変なことになる。 基地外婆許すことはできない。あの基地外婆が私をいじめたので病気になった。働くこともできなくなった。許すことはできないだろう。 あの女ともうまくやっていかないといけない。こじれると厄介だ。何もなかったことにして、普通に接しよう。 基地外婆はサリンと一緒だ。サリンと共生なんかできないだろう。断る勇気を持とう。それが自分を守ることだ。お前は私と話すことなんかできないのだ。何にでも欲情する超攻撃的基地外婆。あんなやつ見たことない。相手にしなくてよろしい。岸和田に引っ込んでいろ。 善を積んでいこう。善行を積んでいこう。悪なんかいくら積み重ねてもいいことは起こらない。生まれ変わろう。博愛主義で行こう。博愛とは愛しづらい人間を愛することだ。だとしたらあの婆も愛さないといけないことになる。まあ、関係ないから気にしないことだ。冷却期間を置こう。距離をとろう。時間的空間的に距離を置こう。まだ私を攻撃してくる。hもそうだ。私に絡んでくる。同じ土俵に立ってはいけない。とにかく冷却期間を置くことだ。距離を置くことだ。知らん顔をすることだ。今でも私を見ると攻撃してくる。どれだけ攻撃的なんだ。三年間休んで、しかも離れた。それくらい嫌いだということだ。サリンが好きなやつはいないだろうということだ。 今日は出なかった。でも楽しかった。寝てばかりいる。 善と徳を大事にしよう。人はかわいい。生きているだけでかわいい。愛すべき価値があるものだ。 婆は一段下にいるものだ。関係ないのだ。同じ土俵に立ってはいけないのだ。 慎重に行動していこう。自分を大事にしよう。基地外の攻撃射程内に自らを置いてはいけないのだ。女と私は相容れない。共存は無理だ。水と油だ。触らないようにしよう。でも徳を積んでいこう。徳は孤ならずだ。今まで避けてきたことは善だ。徳だ。善を注意深く避けてきた。こんなことではいけない。基地外に攻撃される口実を与えるのみだ。 冷静に対応しよう。何も私がおびえることはない。私が嫌な思いをすることはない。根性の悪い基地外婆なんだ。それだけのことだ。どこにでもいる基地外婆の一人だ。何も特別じゃない。 どこにでもいる基地外婆の一人に過ぎない。aとかiとか全員気違いだったじゃないか。大阪の婆は基地外率全国一だ。冷静に対応しよう。善を守りぬくためには冷静でないといけない。 基地外婆のことはもう考える必要ないから。学ぶことも何もないから。壊れたロボットなのだ。全然自分がやっていることなどわかっていないのだ。 私は世間のこと、人間のことを知りすぎた。もう知らなくていい。頑張って生きていこう。 基地外のことを思い出すと怒りで震えてくる。徹底的に私を攻撃してきた。ありとあらゆる手を使って傷つけてきた。完全な基地外。許すことはできない。許す必要はない。絶対に許さない。自分を守る自由はあるのだ。yさんに頼って生きていこう。人に頼って生きていくことはいいことだ。自分ひとりで生きていくことはできない。 善だけを行って生きていこう。徳だけを積んでいこう。十分可能だ。悪にどうしてこだわるのか。善だけを行って生きていこう。yさんを愛して生きていこう。 どうしてそこまで憎まれなきゃいけなかったか。何か悪いことをしたか。姉についても言えることだ。私を徹底的に憎み、攻撃してきた。どこまで攻撃的なんだ。そういう人間は同じくらい憎む以外、自分を守る方法はない。宅間みたいに理由もなく、人を憎み攻撃している人間は存在する。それが珍しくなく、おかしくないといっているのだ。大阪では。同じくらい憎む以外に自分を守る方法はない。私はガードが甘いのだ。基地外を憎みきれていないのだ。これだけ傷つけられたのに、まだ許そうとしている。今でもまだ同じことをしてくるのに。基地外が治ることなんてないのに。許すわけには行かないのだ。博愛主義の埒外にいる完全な基地外なのだ。そういう人間が少なからず存在する町なのだ、大阪というところは。人を憎むことは悪である。でもそれは許容される場合がある。あの基地外教師、私を憎みぬき、残忍な攻撃を加えて倦むことがなかった。私は自分が憎まれることが理解できなかった。それはありえないことだったので、繰り返し確かめざるを得なかった。人が人を憎むなんてことがあることが、どうしても理解できなかった。自分を憎む人間を許して置くなんていう選択肢はありえない。そういう人間を近づける、または近づくという選択肢なんてありえない。過去そういうことをしたことのある人間を、再び近づけるということもありえない。世の中はそういう憎みあっている人間たちが作っている。私が世の中を理解できないのは当然である。hkiを近づけるということがありえないことは明白である。 善を行おう。善を行うことの第一歩は悪を激しく憎むことである。憎しみの激しさの度合いに応じて、善が実現されるかどうかがかかっている。人の上に原爆を落としておいて平然としている国なんだ、アメリカは。そういう野蛮極まりない連中だ。世界にはそんな人間がごろごろしているのだ。 私は善を行おう。その第一歩が、自分を憎む人間を、その度合いに応じて憎むということだ。 善を行おう。悪を激しく憎もう。私が大学時代に実現しようとしたことは何だろう。狂気か。悪を離れて、ユートピアを目指すことだった。それが狂気と悪に汚染されて、破綻した。悪を憎もう。善悪を峻別しよう。あの程度の基地外は全然珍しくない。hkは同じくらいたちが悪い。悪の塊だ。激しく憎まなければいけない。悪と狂気に汚染された私の魂を救い出さないといけない。魂の平安を取り戻すのだ。それには善しかない。善を愛し、悪を激しく憎むのだ。
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