しんどい。昨日よりはましだ。昨日は良く飲んだ。楽しかった。熱は下がった。いつも孤独だ。それでデリヘルを呼んでしまう。それで、財布を盗られてしまう。情けない。こんな孤独に耐えないといけないとは。でも困難を楽しもう。脳がダメージを受けても生きていこう。弱者のために生きていこう。弱者は面白い。弱者とは何か。小浜逸郎の本はくだらなかった。弱者が力を持つのは気に入らないそうだ。私はこれからの時代、弱者への愛が優勢になってくると信じている。実際この三年間、職場を留守にしているだけでも、変化を感じる。弱者への愛が優勢になってくる。弱者がどんどん幸せになってくる。弱者というのは自分を含んでいる。自分ほどの弱者はいない。自分を大事にしよう。 基地外婆、欲情してくるな。基地外は家にいろ。 弱者に優しくしよう。弱者を救うということがこれからの目標だ。弱者を救うということが大事だ。新聞も何を書いてあるのかわからない。友達もいないし、楽しくない。しんどい。弱者への愛だけで生きていけるだろうか。生きていけるように思う。とにかくあの基地外は何もしてこれないだろう。弱者への愛。弱者を大事にすることは自分を大事にすることにつながる。 弱者を救うということを生涯の誓いとしよう。でも何をしても楽しくないというのは苦しい。仕事しても楽しくないし、もちろん評価にもつながらないし、でもこういうヘルプレスな状態にならないと弱者へのいたわりということは出てこなかったので、良かったんじゃないかと思っている。弱者への愛。これは大事なことだ。 弱者はいいなと思う。若者とか、女とかも弱者じゃないかと思う。優しくしよう。自分も高齢になってきて、弱者になりつつある。性的弱者という言葉がある。自分は間違いなくそういうものだ。弱者は弱者として生きていこう。 弱者というのはいいものだ。弱者は美しい。弱者のために生きよう。弱者は美しい魂を保っている可能性がある。 「私は障害者向けデリヘル嬢」を読んだ。面白かった。人間とはここまでやるんだと思った。まじめな性格。それが災いして、うつ病になり、風俗に走った女がまじめな本を書いた。風俗嬢は皆福祉だと思う。財布とってしまうやつも中にはいるけれども。 弱者に優しくしよう。人とうまく行かないのは弱者に優しくできないからだと思う。すごく辛い。辛いとき一人でいないといけないのは辛い。ミクシイの仲間だけだ。どこの誰ともわからない相手だけだ。 会社辞めようかなと思う。農業でもやろうかなと思う。環境のいいところで、体を使って働いたら良くなるんじゃないかと思う。脳梗塞も良くなる。 弱者に優しくしていたら、なんか世の中生きやすくなった。脳にダメージを受けても生きていける。目がかすむ。辛い。でも生きてはいける。 人の多いごみごみしたところはだめなんじゃないかと思う。今幸せだろうか。幸せだと思ったことは一度もない。最近は幸せだったのに。脳がダメージを受けてしまってから、うまく行かなくなった。誰とでも衝突する。 今緊急に必要なことは弱者に優しくすることだ。緊急に必要であると同時に、いつも必要である。人と接すると何か大事なものが抜け落ちているのか、衝突してしまう。第一字が書けない。言葉がしゃべれない。でも弱者に優しくするのはいまだ。 三木谷のビジネス本を読んでいる。すごく良くわかる。わかりやすく書いてあるからなのか、知的レベルが一緒だからなのか、わからないが、すごく良くわかる。自分がビジネスにおいて欠けているものがすごく良くわかる。体育会系の人だ。体育会系は苦手だ。気合だ、テンションだと必ず言うからだ。三木谷もご多分に漏れず言っている。でも仕事は常に肉体労働だと思っている。スポーツとなじみやすいのは当然だ。それに比べて、文化芸術活動は肉体労働となじみにくい。体を動かそうが気合を入れようが、文化創造活動には何の関係もないからだ。今でも私は仕事に全く適応していない。9時5時まで会社にいようと、肉体労働をしようと知的創造活動には何の関係もないからだ。 私は自分の意に沿わない仕事をしても、全く頭が働かないということがわかった。進路を誤ったと思う。好きな文学の道に進めばよかった。教師として生きていくこともできたのに。生きていくのがしんどい。今は弱者に奉仕することが生きていく道だと思う。弱者に奉仕することがいいと思う。文学の道に進むかと思うと、それもうまく行かなかった。でも病気だと思えば、仕方のないことだ。生きているだけで奇跡みたいなものだ。働けるなんてすごいことだ。今、限界に達している。脳にダメージを受けて以来、うまくいかなくなった。それを言っても誰も聞いてくれない。医者も無視だ。私の言うことは誰も無視する。とにかく生きているだけで精一杯だ。病気のために働けなくなったので、私が怠け者だからじゃない。病気は治るものじゃない。この病気は治らない。一生コントロールすることが理想だ。今はコントロールできている。 高校時代は馬鹿みたいに勉強した。それでようやく合格できた。今は何も努力していない。一生懸命仕事をするなんてうんざりだ。でも見張られてまで管理されているので、働かないといけない。仕事に燃えない。脳がダメージを受けて以来、何もする気がなくなった。 人生は楽しい。とにかくあの基地外婆のことは考えなくて良くなったのだし、仕事に打ち込んだら良いんじゃないかと思った。大阪の婆は全員基地が行くそばばあだ。全員犯罪者だ。若い女もそうだ。弱者に優しくしようと思う。弱者のために生きようと思う。 もう散々無理をしているんだと思う。休んだらいいと思う。でも三年間休んだのだし、これ以上休むことはできない。社会生活を営むということが難しいのではないかと思う。人の多い場所が嫌なのだ。収入はごくわずかで良いから、田舎でのんびり過ごしたらどうだろうか。今日は昼から4時間くらいぐっすり寝た。良かった。薬の作用もあるのだろう。耳鳴りがひどい。シアリスのせいだ。シアリスはやめて、レビトラにしよう。社会的に役に立たない人間になってしまった。田舎に引きこもりたい。本当にそう思う。今までがんばってきたが、もうだめだ。ゆっくり休もう。 弱者に奉仕する生活をしよう。釜が崎に行こうか。弱者を救う仕事をしようか。基地外婆は何もできはしない。基地外婆。何もできはしない。何かしてきたら断固として抗議する。厳重に注意する。おかしなき違い婆。 弱者に奉仕する。そういう人生をいきたい。人生は楽しくいきたい。人生、人に厳しく当たれば、自分に返ってくるのだ。飲み会出るのやめよう。楽しくない。弱者に奉仕しよう。大阪は向いていない。がめつい大阪人。全然適応できない。財布盗まれるくらい、なめられている。大阪の女は基本そうだ。盗人みたいなものだ。弱者に奉仕すると同時に、そういうのとは接触を嫌おう。病気の影響というのは確かにある。でも少しずつなれていくしかない。弱者に奉仕しよう。弱者を救おう。弱者を助けよう。自分が強くなればいいと思っていたが、結局そういうことではない。弱者を救うということが生きていく上で大事なことだ。これからの全世界テーマはそういうことになるらしい。ジャック・アタリがそういっていた。人類はアウシュビッツや広島を経験した。でもやっぱり必要なことは思いやりであり、愛である。思いやり、弱者への愛。弱者への奉仕。こういうことが必要になっていくらしい。サディズムの時代は終わりを告げて、平和な弱者が栄える時代になるらしい。いいことだ。弱者が栄えるために知恵を働かせる時代になるのだ。
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