今日は早朝覚醒してもう一度寝たが、悪夢を見た。どこかの家で着る服が見つからずに泣きじゃくる夢。辛い。正夢のようだ。 正月は順調に過ぎてゆく。酒を飲まないと何の心配も要らない。食材が減らない。すき焼きも食べ残したし、しゃぶしゃぶはあるし、かにはあるし、食欲はもういっぱいいっぱいだし。じっとしているのはしんどい。おとうさんに会いたい。キリスト教にはいると同じ墓に入れなくなる。黙って入ればどうということはないだろうが、それではまずいだろう。それとも厄介払いができてよかったと思うだろうか。 体は丈夫でしっかりしているが、頭がやられている。体中心に生きて行こう。体が良く動くというのがいいことだ。よく食べてよく動くことにしよう。頭は働かなくてもいいじゃないか。頭は動かないが体は良く動く人間になろう。キリスト教の教えを良く守り、勤勉に生きて行こう。気分が優れない。酒を飲んでいないのに、気分が悪くなることがある。昼から神社にお参りに行こう。初詣。今日はデパートは初売りで福袋だ。楽しい。いっても仕方がない。脳がダメージを受けているのだ。どうしたらいいかわからない。脳はダメージを受けているが、体は元気なので、気にせず生きていったらいいのだ。 人生は愛が全てだという本の記述を読んだ。私は衝撃を受けた。もっと話を聞きたい。人を愛することなんかあったろうか。人を愛することが全てだ。 脳はダメージを受けているが、体は比較的元気だ。植物人間みたいなものだ。脳のことは考えずに、体だけ動かして生きていったらいいのだ。 人を愛することは素晴らしいことだ。生きることは愛することだ。愛することは生きることだ。 金は要らないから精神的に落ち着きたい。平安が得たい。愛こそ全てだ。人に生まれて愛することを知らないことは不幸なことだ。私はnaomix★が好きだ。 キリスト教に学んでまじめな人間になろう。不真面目に生きても仕方がない。まじめに生きよう。キリストの教えとは何だろうか。わからない。勉強しないといけないのか。女子パウロ会の本を読んでみよう。 キリスト教に興味を持ったのはデイケアで図書室に座っているとき、暇なので手に取った本がキリスト教の詩集みたいな本で、すごく感動した。脳がダメージを受けてもキリスト教は自分を救うのだ。本が読めなくても、キリスト教が救ってくれるのだ。愛が大事だ。愛こそ全てだ。誰にでも分け隔てなく愛さなければならない。太陽の光のように誰でも分け隔てなく愛さなければならない。愛する相手がいないのは悲しむようなことではなく、誰でも分け隔てなく愛することができるようになる。それが大事だ。 愛することができるような気がする。人を分け隔てなく愛することができるような気がする。私は人を愛することができれば救われるような気がする。仕事の心配よりそのことのほうが重要だ。それでも私を責めようとするなら、私には何もできることはない。人をわけ隔てなく愛することができるような人間になれば、生きていくことができるような気がする。 小田さんのdvdを見ているが、何か熱が引いてしまったような気がする。キリスト教に熱を持っていかれたのか。二つのものに同時にエネルギーを注ぐことはできない。 今日はしゃぶしゃぶおいしかった。何年ぶりかわからない。一ヶ月に一回位してもいいのではないか。 この病気は治らないのだろうか。治ればいいのだが、寛解でもいい。人格に大きな損傷を受けてもいい。キリストが私を救ってくれる。日本ではキリスト教が根付かなかったのは、厳しい弾圧が記憶となって残ったからではないかと思う。脳がダメージを受けてもキリストの愛が私を救ってくれるものと思う。今から思うと当時はおかしくなっていたと思う。それでもあんなに追求されなければおかしくなったりはしなかったと思う。hは正義感のつもりか、私の症状を悪とみなして攻撃し始めた。悪のわけはないのに。海外かなんか知らないが勝手にやってたらいいじゃないか。私には関係ないことだ。 腹の周りに肉がついてしまった。正月太りだ。すき焼きとしゃぶしゃぶ太りだ。 愛を生きよう。生きる上で愛がなければ生きる価値がないといわれる。その通りだと思うようになった。愛が大事だ。愛は大事だ。
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