希望の日記

2008年09月18日(木) 曇り

人に優しくするのは気持ちがいいことだ。朝、yさんに挨拶したら、タバコ吸わないかと声をかけられた。吸わないので断ったが、ちょっと嬉しかった。
朝茶飲み会でnさんが話しかけてきて、ずっと二人で話していた。面白いのでつい話してしまう。
それから午後の文芸編集のときに原稿のワープロ打ちと原稿書きをやった。oさんは褒めてくれ、載せてもええかといったので、良いと言ったら、載せてくれることになった。少し自信になった。
それから帰りにkさんが話しかけてくれた。金子みすずの記念館に行きたいといっていた。
人に優しくすることだ。人を愛することだ。そうすると不思議なことに何かが開かれてくる。今しんどいから無理をすることはないのだが。人に優しくしよう。nさんは面白い。なんか私に興味を持っているみたいだ。団塊の世代の人とはジェネレーションギャップがあるが、なんか興味がある。私は世代が同世代よりずれている。あの世代には興味がある。学生運動をやっていたらしい。あの世代は自由だなと思う。何でもやりたい放題だ。私もあんなふうに生きたかったと思う。生まれるのが遅れたのだ。もっと早く生まれるべきだったのだ。今日は耳鳴りで早く目が覚めた。耳鳴りが治まってくれたら良いのだ。
人に優しくすることだ。人を愛することなしに生きるのはしんどい。自分の属する集団を愛することとか。大事なことだ。愛国心愛社精神、帰属欲求というものはどうしても必要なものだ。
人に優しくすること、人を愛すること、これは最低限の気持ちだ。対人援助職がやっていることを自分もやったら良いのではないかと思う。人に優しくすること、人を愛すること。家族がいなくても博愛主義で、障害者も健常者も分け隔てなく愛すること。人に優しくすること。人を愛すること。それだけで良い。目がかすんでいても脳がダメージを受けていてもそれは可能である。人に優しくできるかどうかが人の値打ちだと思う。もうこれからは泣き言は言わない。目がかすもうとどうしようと人に優しくできれば生きていける。相互主義だ。人に優しくできることが大事なことだ。戦うことはないのだ。戦うのはもう嫌だ。私は男でなくても良いのだ。女で結構だ。女は平和的で長生きするし、そっちの方が良いじゃないか。文化的な生活を送りたい。文化的平和的な暮らしをすれば争いは起こらない。法学部なんか行くんじゃなかった。文学部でよかった。東大の文学部に行けば何とか人生は開けていったのではないかと思っている。でもいま少し良い方向に向かいつつある。デイケアに行ってよかった。人に優しくできるようになった。人に優しくできると自分が開かれていく。心が開かれていく。人に優しくできればうまく行くと思う。私は戦いたくない。戦わなくて良いのだ。頑張らないで良いのだ。我慢しないで良いのだ。今は調子が悪いので頑張らなくて良いのだ。人に優しくすることは大事だ。人を愛することは何より大事だ。人を愛することは大事だ。人を愛することは何より大事だ。それができないとまずいことになる。長い間私はそれができなかった。中学くらいからおかしくなって来て、いまだにおかしい。でも答は案外簡単で相手を好きになること、優しくすること。愛することだ。これで何か問題のあることはない。人を愛すること、優しくすること。対人援助職の人と同じように人に優しく出来るようになれば良い。人をサポートするのは良いことだ。あまり、収入はよくないと聞いているが。私は収入なんか要らない。貧乏暮らしでも良い。今はこんなに調子が悪いので人の優しさにすがるしかないのだ。愛といっても良い。だから私も人を愛し、優しくしないといけない。それが可能になってきた。できるようになってきた。戦うことは必要ない。我慢することはない。頑張ることはない。
 今日はうまく行っただろうか。人を愛し、優しくすることはできただろうか。人格障害気味の私にそれができただろうか。これからは毎日そういうことを確認しよう。
世間ではアメリカの金融危機と三笠フーズの話題でもちきりだ。ただデイケアでは話題になることはまずない。あまりにも大きな問題だし、金を持っていない人が多いからじゃないか。リーマンといっても誰もわからないだろう。
人に優しくできたかどうか、毎日チェックしよう。優しくすること、愛すること。今、脳がダメージを受けたことは明らかだ。仕事をやってもうまく行かないだろう。人に馬鹿にされるようになるだろう。でも人に優しくすることができれば生き延びていくことができるだろう。人を愛することができれば生きていくことは可能だろう。戦う必要はないのだ。我慢する必要はないのだ。苦しまないで良いのだ。今日私の田舎暮らしの話に真面目に付き合ってくれたmさんありがとう。でも田舎に行きたいという気持ちはどこかにある。生まれ育ったところは山の中だった。あの田舎に帰り、眠りたいものだ。誰にも知られず、土に返りたいものだ。
私はやっぱり変わっている。あのデイケアに行ってからますますそのことが分かった。私ほど変わった人間はいない。そのことを確信した。その上に脳にダメージを負ったから、どうなるかわからない。これからの私の人生はどうなるだろう。
耳鳴りがする。すごくひどくなった。薬を飲み間違えてはいけない。オセロとかやったばかりにおかしくなった。私はあそこに来ている人々と比べてもおかしいのではないかと思う。人に優しくするようにすれば少しずつ回復するのではないかと思う。私はできる子なんだ。悪いことはしないことにした。私の学生時代のすごし方は、文学部としてはよかったのだが、法学部としてはまずかった。おとなしく英文学でもやっていればよかった。人に優しくしよう。人を愛そう。少し調子が悪い。でも何とか一日過ごすことができた。
人に優しくする。人を愛する。そういうことを学ばないといけない。このデイケアで。人に優しくしよう。対人援助職の人々に見習うのも一つのやり方だ。社会のルールを守ることとか勤勉に働くとかそういうことも気をつけよう。そういうことを学ぶのもデイケアに通う一つの目的だ。
活字が読めなくなってしまった。人に優しくするということが大事だ。職場復帰できるだろうか。大問題になってきた。医者は戻れるとは思ってないみたいだ。でも残り期間から考えてもう戻らないとくびになってしまう。だから回復してなくても戻らなくてはならない。人に優しくしないといけない。人を愛さないといけない。社会のルールに従うこと。人に優しくすること、人を愛すること。それによって人間らしくなる。人に優しくすること、人を愛すること。人に優しくすること。人を愛すること。それだけで劇的に変わる。戦わなくても良いのだ。これは素晴らしい気付きだ。これでうまく行くだろう。


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