良くなりそうな気がする。目の霞と脳のぼけ。必ず治る。人は私の脳がぼけていることに気付かないだろうか。すごく良くわかるらしい。昔の私を知っている人でも知らない人でもわかる。これは性格の問題ではないから、非難されても困る。病気と薬による事故なのだ。目の霞と脳のぼけ。これが一番気になる。こういう自分になれて生きていくしかない。サボっているわけでも怠けているわけでもない。 デイケアについに行ってしまった。面白かった。やっぱり金を払うといいことがある。生き金の使い方だ。あまり深入りはしないので、心配ないと思う。また眠れるようになる。管理票とかがややこしくなる。自分で管理しないといけなくなる。仕方がないことだ。目がかすんでも何でもいいから、これで生きていかないといけない。一日ここで過ごすという人もいるらしい。それはちょっと嫌だ。 管理票をもらってきた。これでデイケアいつでもいける。診察と薬はkクリニックで良い。せっかく良くなったのにまた不安定になったら嫌だ。 ちょっと不安定になっている。でも行くところがあるというのは良いことだ。これでしばらくは安心だ。薬は必要だが、それだけでは落ち着かない。人と接触するのは良いことだろうか、悪いことだろうか。でも人になれるという意味で必要と思う。目がかすんでも生きていけるようにならないといけない。 しんどい。頑張って生きて行こう。頑張れるような気がしてきた。騒音のことなんかもう忘れてしまった。最近結構上の奴がうるさい。何でだろう。何もしていないのに。今朝も早く目が覚めた。 確かに症状の重い奴が多い。k医師のいう意味はわからないではない。何もできないから通っているという人が多いのではないか。なんかしんどい。働かないといけないのにという言葉が背後に隠されている。そんなことをやっている場合ではないという意味だろう。でも一人で家にいることがこれ以上耐えられないのだ。それにepaで断られたし。病名だけで断るなんて差別だ。 自分の部屋は一日いていいが、頭がおかしくなってくる。誰かと接触しないと、日本語を忘れる。だからイノデンなんかにかけてしまうのだ。旅行も行きたい。お泊りでも良い。 しんどい。でも復帰する。きっと復帰できる。デイケアは楽しいぞ。音楽クラブが楽しい。 女は悪くない。嫌いでもない。怖くもない。女は良いものだ。小田さんのコンサートに行って初めてそう思った。これは変わることはないだろう。できたら若い頃に戻って、女と出会いたい。どうして若い頃女が嫌いだったのだろう。二人に一人は女なので、嫌いと言うことは不利になる。小田さんは私が女とかかわりを持つ上で重要な鍵になる。自分の中の女性性を否定したり、抑圧したりするのは愚かなことだ。それを認めることが女々しさでなくて男らしさだ。自分の女性性が小田さんの歌の中では仲良く共鳴し合う。何でいつも女と喧嘩してないといけないのか。おかしいじゃないか。絶対今後はそんなことのないようにしよう。 お泊りの予約をした。アメ村の近くにあるホテルだ。治安が悪いとかそういうことはないだろう。お泊りは当たりはずれがない。どんなホテルでも最低限の設備とサービスをしてくれる。もう頑張らないようにしよう。脳がダメージを受けているのに頑張れるわけはない。 脳がダメージを受けている。もう頑張らなくて良い。犯罪なんかするわけじゃない。普通に生きている限り、頑張らなくて良い。 頑張らなくて良い。脳のダメージが治るまで頑張らなくて良い。もう十分休んだ。もう出社したい。仕事は嫌だ。でもやってみると楽しいに違いない。目がかすんで小さい文字が見えない。脳がぼけている。どうしたら良いのか目医者に行ってもわからない。精神科に行ってもわからない。どうしたら良いのかわからない。時間が解決するのを待つ以外ない。いくら脅してもだめなのだ。脅して脳のダメージや目のかすみが治るのか。
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