今朝の目覚めはまた最悪だった。でも多くの気付きを伴っていた。空恐ろしくなった。自分の境遇が。本当に調子が悪い。hのこととか考えた。zのこととか。zとであったのは良かったことなのか。さっぱりわからない。あいつに出会って私の中の病気が持ち上がってきてめちゃくちゃになったんじゃないか。それをあいつはそ知らぬ顔をしている。責任を取れといいたい。kのことはどうでも良くて、hのことの方が大きい問題のような気がしてきた。生きていくのは大変なことだ。戦いだ。誰との戦い。自分との戦い。今大変なときだ。大変なことになった。病気だから仕方がない。本当に病気なのだ。おかしな教祖の言うことを聞いてはいけない。人の機嫌を取ってはいけない。これは本当だろうか。よくわからない。でも和尚や原ザリの機嫌を取るのは確かに間違いだろう。 zと出会わなかったらもっと良かったのか。自分で望んだことなのか。あいつは会社の命令に違反して自分のやりたいことをやっている。かなりおかしい。あれに会うということは私も会社に反しているということだ。そのくせあいつは会社側に立って高みの見物だ。全くわからない。あいつの機嫌を取るためにegに出て私の病気が再燃したんじゃないか。人の機嫌を取るべきでないとはそういうことじゃないのか。私もでも救われたかも知れない。私は調子に乗りすぎたのか。そうでもない。必死だった。あいつに出会ったのは必然だろう。でもこれからはどうしたらいいのか。距離を置くべきなのか。 今も気分がよくない。話が聞けない。字が読めない。その状態でzやkのことを考えるのは気が重い。今考えるべきではないかもしれない。zと会いたかったら会えば良い。会うのは止そうと思えば会わなければ良い。自分の人生も長く過ぎた。でも人生の楽園を見ると最後まで諦めてはいけない。幸せはやってくる。奄美大島にでも行けばいいのだ。かけろま島にでも行けばいい。 でも働かなければ食べてはいけない。年金をもらえる身分でもない。復帰して働かなければならない。今はとにかく調子が悪い。働ける状態ではない。働けなければ障害年金をもらおう。生活保護をもらおう。でも働けることが一番だ。善良であることだ。悪いことをしない、言わない。考えない。zもhも色々してくれたじゃないか。感謝すべきだ。私は会社に雇われているのであって、zやhではない。会社との関係がうまく行けばzやhとの関係はどうにでもなるのだ。 zとの関係がおかしくなったのはまずいかもしれない。自分がおかしくなっていることの証左だ。zは責任がないのだからzに怒っても仕方がない。私が勝手に盛り上がってegやb校に行ってしまって自分でおかしくなってしまったのだ。 猛烈に調子が悪い。デパスを飲んでもだめだ。人の機嫌を取った方がいいのかどうか悩んでいる。今人の機嫌を取れる状態ではない。仕事ができないのと同じことだ。人の機嫌を取ってはいけないというのは意味が違うか間違いじゃないか。自分の権利を握っている人間にはご機嫌を取るのは普通のことじゃないのか。機嫌を取るといっても挨拶をするとかそういうことだ。そういうことはした方が良いんじゃないのか。zとも普通に話すようにするとか、kとも普通に話せばいいのだ。怒ったり、卑屈になる必要はない。人と知り合いになるべくあっているのに機嫌悪く黙っていたらおかしいんじゃないのか。明るくさわやかに接すればいいのだ。それができなくなっている。人の機嫌は取った方がいいのだ。一人の言うことは間違いか、なんか他の場合を言っているのだ。ヤクザの世界での話か。一人の言うことを聞いてはいけない。違う世界の常識を過度に一般化しようとしているのだ。人の機嫌は取った方がいいのだ。挨拶なんかはご機嫌を伺っているじゃないか。ストレートに人の機嫌を取っているじゃないか。にこやかに笑みを浮かべ、ご機嫌を取ろうとしているじゃないか。それができない私はおかしいのだ。医者の機嫌を取るのは悪くないのだ。スムーズに行かなかったら苦しむのはこちらなのだ。私は医者のせいで本当に苦しんでいる。人の機嫌を取るのはいいことだ。機嫌を取りたくなければ近づかなければいい。原ザリにも近づかなければ良かったのだ。 玉村豊男の「田舎暮らし」を買ってきた。目がかすむ。酒を飲んだから余計だ。目がかすんで字が読めない症状さえなければ読書三昧できるのに。本が読めないなら文盲と変わりない。外出すると少し気分が晴れる。小さい子を見ていると和む。可愛いものだ。 字を読むのが遅い。でも全く読めないのではないからいいだろう。非常に不安だ。良い方向にいっていないのではないかと思う。誰が見てもそう思う。どうしたらいいのかわからない。 しんどい。どうしたらいいかわからない。ちからがどんどん落ちている。体力、気力いずれも。 しんどい。人の機嫌を取ることはいいことだ。大きな声で明るく挨拶することなど人は通常ご機嫌取り行動をするのがルールになっている。恥ずかしいことではない。朝礼をするのもご機嫌取りだ。間違いではない。私も変わった。恥ずかしい。確かに恥ずかしいが生きていくには必要だ。田舎暮らしでも、田舎の人のご機嫌を何とか取り結ばない限り、幸せな生活はありえないだろう。むすっとして誰にも挨拶しないというのは大人ではない。自分の機嫌が取れない奴ということだ。一人の言うことは逆説だからわかりにくい。人の機嫌を取るのは必要に決まっている。芸人なんか多数の人の人気取りに血道をあげている。すごい商売だ。zの機嫌でも取ってみたらいいじゃないか。悪いことではないのだ。あいつは私の機嫌を取るのが仕事なんだ。だったら私も機嫌を取ってやってもいいではないか。同じことをやれといわれたら絶対嫌だろう。サルものみ取り等ご機嫌取り行動をする。普通じゃないか。人の機嫌を取ってはいけないなんてどっから来ているのだ。私にとっては人の機嫌を取ることだけが生きる道だ。人でなくても良い。ものづくりであればものの機嫌を取るだろう。 私は道を間違えた。文学の道を進むべきだった。でもそれだと教師くらいしかないので嫌だったのだ。私は病気したからえらい目に遭ったのだ。私が悪いわけではない。悪いことをしない、言わない。考えない。それでいいんじゃないか。そうでないと生きていけないだろう。 しんどい。今日が一番しんどい。体力気力が限界に達している。
|