しろにじ創作倉庫



悪魔の口

2006年10月02日(月)

眠れない夜は窓を開けてごらん
細い月を目印に ここを抜け出して どこか遠くの空の下へ行こう
だけど 決して振り返ってはいけない
悪魔の微笑みが 迷い人の心の隙間に入り込むから

おかしいな。僕は思った。
感覚も状況もおかしなことだらけだ。
これは夢だ。夢を見ているに違いない。

夢の中で、僕と親友のあいつは知らない土地をさまよっていた。
時折、あいつが歌を歌っているのが聞こえてくる。
なんの歌?と僕は前を行くあいつに訊いた。
わかんない。あいつは空を見たまま答える。

ここ、どこなんだろう?マジで道に迷っちゃったみたいだな。
夢だと分かっていても、僕は不安を感じていた。
うん。あいつはそう言って、それきり口をつぐんだ。

いつの間にか空はとっぷりと暮れて、白く光る月が出ていた。
闇にぽかりと浮かぶ、それだけがやけに目立つ空。
歩いている間にもどんどん闇が深くなるばかりだ。
僕達は人家を見つけられないままとにかく歩き続けた。
道は曲がりくねって先が見えない。
大きな木の上でけたたましく鳥が啼いた。見たこともない黒い大きな鳥だった。
待てよ。どうして、黒いってわかるんだ。
辺りはもう暗闇だっていうのに。外灯なんか見当たらないのに。

突然、あいつが足を止めた。
ああ、来たね。というあいつの穏やかな声。
恐怖を感じているのが僕だけなのは、どうしたことだ?

あいつが月を指差す。
折れそうなくらい細いのに、月は夜の闇に押しつぶさることもなく、ナイフみたいに光っているんだ。

あれってまるで、悪魔が笑ってるみたいに見えると思わないか。
悪魔だって?僕は吹き出した。やけに真面目なあいつの様子が可笑しかった。
怖がっていると思われないよう、わざと大きな声であいつに訊いた。
なんで悪魔みたいだって分かる?お前、悪魔に会ったことあるのかよ。
あいつは少し躊躇っていたけど、ゆっくりと口を開いた。
分かるんだ。だってーー
そこで言葉を切り、それから僕を振り返った。
僕がその悪魔だからさ。

大きく裂けた白い口の形が、黒い靄の中に浮かび上がった。
それは空にあるものと同じ形をしていた。
そういえばあいつの名前を知らないことに、そのとき初めて僕は気付いた。

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