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2006年01月12日(木) ツヨシくんの舞台というものをみてみたい

うちのおばあちゃんには、「後でこれやってね」というのが通用しないように、「それはもう聞いたから言わなくていい」とか「もう終わったからやらなくていい」と言う言葉も通用しない。
全部忘れてしまうから。




朝行くたび、ほぼ毎回おばあちゃんがいう言葉がある。
「あんたたちがいてくれてよかった。○○さん(わたしの名前)がいてくれてホントに助かった。」
不思議なことに自分が次から次へと物事を忘れていくということは、なぜか忘れてない。
だからそんな自分は一人ではたちゆかない、ということが理解できてる。
で、この発言。



これが、わたしには苦痛だ。
感謝のことばであるのは重々承知してる。
悪気はないし、イヤミでもない。それはものすごくよくわかっている。
でも、いやだ。
言われたくない。



感謝の言葉であっても、いや感謝のことばだからこそ、それは言われるたびにわたしの肩に重くのしかかってくる。
わたしは絶対この状態から逃れられないとぐいぐい締め付けてくる。



まあ、見捨てようとか思っているわけじゃない。
っていうか、離婚でもしない限りそれはできないし、とりあえずその予定はないし。
でも、(まあ、いざとなったら・・・)という手段を想像することもできないまま、責任だけがのしかかってくる状態がキツイ。



そのうえ、頼りにしてる、してると言う割にはいうことを聞かない。
年をとるとみんな頑固になるからしかたないのだけど、本気で頭にくることもしばしば。
おさえるのが大変。



怒ったってしかたないのだ。
こんこんと言い聞かせたって、1分後には忘れている。
だから毎朝のあの言葉も「おばあちゃんの気持ちはもうわかっているから、そんなこと言わなくてもいいよ」と言ったところでなんの役にもたたない。



そして、今朝も聞かされた。
ストレスだけが行き場がなくたまっていく。



だから日記を書いてるのかもしれません。
気がつけば年が明けてからは毎日更新してるじゃないですか。
ツヨシくんを見て、その感想を書いて時々はこんな愚痴も書いちゃう。
精神安定剤なんだろうな、と思います。



愚痴からスタートしてしまいましたが・・・
それもこれも昨日はいわゆるノーツヨシくんデーというやつで。
ツヨシくんの話題がなかったからね。



「父帰る」というのはキクチカンの作品ですよね。
何だろ・・・読んだ記憶があるよ。
「恩讐の彼方に」とか、高校生のころかな?



いや〜、はっきりいってあんまりよく覚えてないっすわ。
とにかくツヨシくんは文芸作品にとりくむのですね。
こんな田舎にいるせいもあって、ナマの舞台って何回かしか見たこと無いからなあ。



見たいねえ、ツヨシくんの舞台。
もちろん伝説の「蒲田行進曲」も見たことあるわけないです。
でも、あのころツヨシくんにはこれっぽっちも興味がなかったのに、クサナギツヨシがヤスをやるってことは知ってたんだよねえ。
なんでだろ。



舞台のクサナギツヨシはどんななんだろう?
舞台の芝居って映画やドラマと違って一種独特の迫力があるから。
ツヨシくんはどんなお芝居をするのかなあ。
DVDとかには・・・なりっこないよね・・・



文芸作品といえば、いっときわたしは妄想で(ツヨシくん「春琴抄」やらないかなあ)と思っていたことがあったっけ。
タニザキジュンイチロウのあの世界観、なんとも不思議な師弟関係と愛情。
ツヨシくん、いいんじゃないかなあ・・と思ってた。



まあ、どんなに妄想しても春琴(おコト)をだれがやるかが思い浮かばなかったし、結局妄想はどこまでいっても妄想。
そのあと、次から次へといろんな役をやるようになったツヨシくんを見ていて、そんな妄想は消えてしまいましたが。
久しぶりに思い出した。



舞台にかんしては遠くから「頑張って」とエールをおくるしかなかできないな。
いつか、わたしも東京まで出かけていって舞台をみることができる日がきますように。



しかし、チケットとるの大変そうだねえ・・・


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あんず |MAIL