京都秋桜
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2005年04月05日(火) 永遠焦がれる面影【デス種】【ハイネ夢】

 あなたが綺麗だと言ったその世界が一面、残酷という花で覆いつくされていた。





 その知らせが入ってきたのは、通信を切った、その日の夜だった。
 数時間前に交わした会話に一人馬鹿みたいに浮かれている、そんなときだった。最初に聞いたときには我が耳を疑った。初めに出た言葉は「うそだ」というなんともありきたりな言葉だった。
 嘘なわけ、ないのに。
 その次にはもう、言葉は出てこなかった。出てきたのはたくさんの涙だった。

『いい加減さぁハイネって呼べよ。そんなに恥ずかしいか?』
「恥ずかしいうんぬんの問題じゃないです」

 恥ずかしいのもまた事実だから否定はしなかったが、それでもきっぱり言い放つ彼女。それに一度でもそう呼んでしまったらそれが癖になってしまうことくらい自分で分かっていた。きっとハイネはそれでも良いと言ってくれるだろうけれど。寧ろ、喜んでくれるだろうけれど。
 階級のないザフト。しかし、上司の彼を呼び捨てにするなど、律儀な彼女のプライドが許さない。
 だから呼ばないし、呼べない。

『じゃっさ』

 得意げな顔になったハイネに彼女は彼がこれから紡ぐであろう言葉に逆らえないことを本能的に悟っていた。それでも聞かなければならないと思うのもまた本能か。

『今度、デートしたとき。一回でも良いじゃん?』

 付き合い始めてからどれくらいが経っただろうか。プライベートでも名前で呼んだことはなかった。

「…わかりました。その代わり一度だけですよ」

 溜息をしてから渋々了承した彼女は、釘を打つことを忘れなかった。そんなところが彼女らしくてハイネの口元は自然に緩んだ。
 断ることができなかったわけではなかった。いつものように流すこともできた。だけど、今回は敢えて受け入れることを選んだ。そこに、意味があるとかそんなことも考えていなかった。
 画面越しで喜ぶハイネを見て、彼女も笑う。自分の一言で喜んでくれるハイネの存在が嬉しかった。

『じゃ、またな』
「いってらっしゃい。ハイネ先輩」

 いつも「またね」と言って通信を切るから。プライベートでも最後はいつも「またね」と言って、いるから。
 だから、このときも思ってしまったんだ。
 また、があると。
 そんな保証、どこにもないのに。今は戦争をしているのに。
 ―――――…あぁ、なんて愚かなんだろう。私は……。
 結局一度も呼んであげることができなかった。本当はずっと呼びたかった。「ハイネ」と。誰よりも愛しく、誰よりも近くで。ずっと、呼びたかった。
 何度、そう呼ぼうと思ったことか。そのたびにプライドが否定して。今思えばそれだってくだらないものでしかないのに。
 人の死を前にして、それ以上意味のあるものなんて、ないのに。
 戦争をしているのだ、私たちは。そしてハイネも軍人だった。既に過去形で語られる思いが痛い。
 まだ、こんなにも残っているのに。ハイネの声が、ハイネの表情が、ハイネの仕草が…全部、記憶の中にはこんなにも鮮明に残っているのに。
 どうして、彼はいないんだろう。
 どうして、自分はここにいるのに、彼はもういないんだろう。
 プラントにできるであろうその墓石の下にだって、ハイネはいないのに。彼は地球の海で眠っているのに。
 自分は見たことのない、母なる大地の雄大と語られる海に。
 いつか、ハイネと行こうと約束した地球の海。その約束だって、これから先果たされることなんてありはしない。
 それでも願うのは愚かだろうか。分かっていても許しを請うのはいけないだろうか。
 じゃぁ、どうしたらいい?
 思い込みでも良いから何か、納得させる方法があるのか? いいや、ありはしない。それを彼女は知っていた。誰がわかってくれるだろうか、この悲しみを。
 思えば、名前どころか「好き」ともまともに言ったことがなかったような気がする。ハイネはあんなにたくさん優しい言葉を紡いでくれたのに。からかわれることだって、決して嫌ではなかったのに。
 仕事を理由にして何度も逃げようとしたけれど、腕を掴まれるのは本当にいつものことで。反射的に平打ちをしていたのは紛れもなく自分だけど。
 素直じゃなかった。本当はすごく、すごく好きだったのに。今でも好きなのに。

「ハイネ先輩はどうして軍に入ろうと思ったんですか?」

 昔、ようやくハイネ先輩と呼ぶようになった頃の話。何気なく聞いたこと。ハイネの隣で食事を取っていた頃がひどく懐かしい。それすら今は、昨日のことのように思えるけれど。もう、戻らないから余計にそう思うのかもしれない。
 少し間をおいた後、ハイネは言葉を紡いだ。

「んー。守りたいと思ったから、だね」
「大切な、人を? プラントを?」

 安直な、単純な思考回路からはじき出された答えはその二つしかなくて。
 ハイネは笑いながら頭をポンポンと撫でる。彼女は子ども扱いされているようで実に不服だったけれども。

「それもそうだけど…世界、だなぁ。やっぱり」
「…せ、かい…?」

 よく分からない言葉のニュアンスを彼女は反芻するだけで精一杯だった。
 首をかしげて聞いた彼女にハイネの緑の瞳はどこか遠くを見ながら真剣に語る。オレンジの髪が何気なく揺れていた。

「本当なら誰とも戦いなんかしたくないさ、俺だって。でも、みんながみんなそう考えているわけじゃないだろう。だから戦争が起こる」

 少なくとも自分はそう考えている、とハイネはそう言って彼女に微笑んだ。
 反対に彼女は少し、難しそうな顔をしながら答える。

「でも、馬鹿ひとりが逆説を唱えているだけだったら、戦火なんか広がらないでしょう」
「そうだな。だからブルーコスモスなんて集団はあるし、そいつらにこれまた厄介な悪知恵しかないから悲劇は広まっている」

 ブルーコスモスというのは確かに馬鹿ではやっていけない団体だ。コーディネーターをどう全滅させるかなどということを知恵のない人間が考えられるとも思わないし、寧ろ考えるとも思えない。
 だからその団体の盟主は何かしら政治に関わっていたり、表舞台に立つ人間だったりと、いわゆる賢い人間が多いと言ってまず間違いないだろう。
 だったらその賢さをそんなくだらないことに使ってくれるな、というのがコーディネーターの反論なのだが。
 戦争は悲劇しか生まない。そして悲劇だって悲劇しかよばない。結局どうしようもない鎖の連鎖なのだ。
 だからこそ、誰かがどこかで我慢してそれを食い止めなくてはならない。それが損な役割だと分かっていても、誰かがやらなければそれはなくならない。
 悲劇は嫌だ。でも、自分が我慢するのも嫌だ。
 それでは欲しい玩具を買ってもらえないで駄々をこねている子供と同じではないだろうか。
 ナチュラルでもコーディネーターでもその思いは同じ。しかし、どちらとも折れることはない。
 少数の人間が正論を唱えたところで、変わりはしない。 

「それでも守りたいと思う? こんな【せかい】を」

 醜い。彼女はそう思う。そして、そんな【せかい】を守る価値などありえようか。
 彼女自身、そんな【せかい】を守ろうとは思わない。

「あぁ、思うさ。だって【世界】は綺麗だろ?」
「そう?」

 ハイネが言うほど、彼女は世界を綺麗だとは思えなかった。
 普通に、ただ当たり前のような日常を続けていけたら良いだけなのに。他に、何が欲しいのだろうか、人々は。

「綺麗さ。【マーベルの瞳を通して見る世界】は透き通っていて、眩しいくらいに綺麗だ」
「なっ…!!」
「護るよ。世界も。…マーベルも」

 今までに見たことがないくらいに真剣な緑の瞳で言われて、何かを言うことすら忘れてしまっていて。時が止まったようだった。息をすることさえも忘れていた。
 ただその言葉の、異様なまでの心地好い響きに胸を踊らされていた。嬉しかった。ハイネが、そう言ってくれて。だけど反面驚きも多くて。自分にも、そう言ってくれる温かい人がいて、本当に良かった、と。

 嘘つき。護ってくれると言ったのに。いなくなってどうやって護ってくれるというのか。
 世界は残酷だった。綺麗と言ってくれた人を、こんなにも早く亡きものにした。世界そのものが罪なのか。
 それでもまだ残っている。ハイネが綺麗だと言った世界は。彼女が生きている限り。もう、誰も見てはくれないけれど。彼女の白桜の瞳を通してみる世界。
 だけど、それは同時に彼女の見ることのできない世界を示していた。それもまた残酷だった。
 溢れてくる涙が止まらない。見えない聖杯に流れる涙。それは血で血を洗う戦場に酷く不釣合いで。


『護るよ。世界も。…マーベルも』


 その言葉の響きが、「好きだよ」と言われているみたいで。
 今でもこの耳に強く、残っているんだよ。



「ごめんね、ありがとう。…私も、ずっと好きだから……好き、だから、…ハイネ」



 世界の終わりに少女が一人ポツリと呟いたその言葉は、誰にも届かなかった。





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 なんだか回想ばかりになってしまった…。あはは。どうも、すいません。そして更にはデフォルトでまくりでごめんなさい。


常盤燈鞠 |MAIL