チャックルの日記
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してました。一週間。
先週の火曜日の明け方に吐き気を覚えて何度かトイレに駆け込むうちに 本当に吐いた。
それからは吐ききれなかった残留物に悩まされ胃が重く気持ち悪く、 吐いた後の特有のダルさと関節痛にうなりながら一日を過ごした。
水曜日は一旦治まったかに見えて、部屋とトイレの掃除・洗濯して 割と気分良く過ごせた。なのに・・・
木曜日から喉が痛くなり、金曜日からは咳とくしゃみが出始めて、 土曜日にやっと「これは風邪だ」と気が付いた。
結局世間でいう連休は殆ど寝て過ごした。今週の月曜日が咳・鼻水 共に一番辛かったかな。
彼も私より一足先に風邪引いてダウンしていたから、この二日間は 互いにメール交換しなかった。面倒だったからね。
火曜日19日は診察日。まだダルかったけど気分は悪くないから、 予約時間を30分オーバーしても病院へと足を運んだ。
幸い月曜日が休みだっただけあって患者さんが待合室にあふれてて、 初めてパイプ椅子が出ているのを見た。それでも座れない人が 立って待ってた。
そんな風だから、順番が来たのは2時間後。待つのは慣れてます。
まだ元気だった先週の月曜日に両親とも話をした今後=復職のこと について先生には次のように話した。
「元の会社には戻りたい。理由は自分がこうなってしまったのは 会社のせいだから、このまま辞めるのは悔しい。半年なり何年か 働いてある程度お金も溜まったら次のことを考える。」
ところが先生の意見は次の通り。
「環境は以前よりも厳しいと思っていたほうがいい。どの会社でも 長いこと休んでいた人を手放しで歓迎してくれるところは、ない。 即戦力になるならまだしも、復職したら一ヶ月くらいは様子を見る ために定時で上がったりしてノンビリやらなければならない。ましてや 貴女の場合、友達が辞めてしまったでしょ、愚痴を聞いてくれる人も いないと考えなければいけないと厳しい。『お金のため』と割り切れる かどうかだね。」
むむむ。いつものことながら的確かつ説得力のあるご意見。 そうなんだよね、友達が辞めたことが私には痛い(>_<) 唯一残された、しかも入社当時からの一番の仲のいい友達だったし、 職場にはもう友達と呼べる人はいない。後輩ならいるけど、全てを さらけ出すまでには至れない関係だもんなぁ。
病になる前は「一人でも平気!」な人間のはずだったのに、ここにきて 心細くなってきた。家族とも今までになく親密になったしな。 その家族も9月から約2ヶ月はブラジルに行って留守になるし、 話しを聞いてもらえる人がいなくなるのは不安だ。彼は当て出来ないし。
「まずは風邪を治してからでないと先には進めないよ」とは先生の締めの お言葉。確かに(^_^;)
午後は今度は内科に行って薬をもらう。一日に病院の梯子とは情けない。 しかも先月扁桃腺腫らして行ったばっかり。免疫力落ちてる(-.-;) もっとプロポリ飲まなくちゃ。あとは体力向上。市立のジムに行こうかな。
夕方から実家へ。先生とのやり取りをいつものように報告する。父も 先生の言葉に納得。「さすがよく分かっているね」と感心。
私に対しては、「以前は会社に戻ることに難色を示すというか曖昧な返事や 回答しか出てこなかったけど、はっきり「元の会社には戻る」と言える ようになっただけ前進したね(^-^)」と言ってくれた。言われてみて初めて 気付いた。そっか、少し前までは自分では決めているつもりでもはっきり 口に出して断言できていなかったんだ。うん、確かに前進だ(^_^)v
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ところで、何を隠そう、今日は誕生日だったのだ!朝いつもの時間に 彼が「おめでとう!」とメールをくれる。
本当はHGで北斗を打った勝ち分(勝つと見越して)で誕生日を祝って もらう予定だったのが、19・20日とリニューアルのため閉店とのことにより、 てっきり誕生日のことなんて忘れ去られているかと思ってた。
昨年の今頃は彼とケンカ別れ(いつもの音信不通だったけど)したけど、 普段と変わらない、否、自由で晴れ晴れした気分で元気で過ごしていた ような記憶が。
それが今年は彼は元に戻ったけど体調はイマイチだし、やる気が出ない。 でもそれも仕方ないか。去年はブラジルに行くという目標が目の前に あったけど、今は復職が迫っているんだもんね。お金の余裕もないし。
そんな中迎えた37回目の誕生日。36という数字は好きだったから何の 抵抗もなく「36歳です!」と言えたけど、37は好きじゃないのよね。 あと38も。だから39歳までは何となく憂鬱な時を過ごすのかな?
いやいや、そんな弱気ではいけない! この一年が素敵な年になりますように!!☆☆☆
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