暴かれた真光日本語版
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2004年11月15日(月) フランスの反セクト法

374 フランスの反セクト法(1) 2004/05/02 16:59

中外日報2001年7月12日第1面・6面
<仏の『反セクト法』とその問題点>
甲南大学教授 小泉洋一
こいずみ・よういち氏=1957年、大阪市生まれ。大阪大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。甲南大学法学部講師を経て、97年から現職。専門は憲法学。主な著書に『政教分離と宗教的自由』(1998,法律文化社)

◇成立まで足かけ四年、実際に解散させうる法律――原案はわずか四ヵ条だった
 フランスでは、矢継ぎ早にセクト対策が講じられてきたが、つい最近では反セクト法(日本では反カルト法と呼ばれることも多い)が制定された。最初の反セクト法であることから、この新しい法律はわが国のメディアの関心を引いた。
 それはいかなる法律であろうか。
◆反セクト法とは
 反セクトは、正式には、「人権および基本的自由を侵害するセクト的運動の防止および取締を強化する2001年6月12日の法律」(2001年法律504号)という。この法律は、議会上下両院での二年にわたる審議を経て成立した。審議の間に、法案は世論の注目を浴びるとともに、法案はかなりの修正を受けた。
 成立した法律につながる最初の法案は、上院議員二コラ・アブー(フランス民主同盟)により1998年に提出された。この法案は、四ヵ条からなり、セクト集団が犯しがちな犯罪で繰り返し有罪となった団体を簡易な行政手続で解散できるようにしたものであった。
 アブーは、その立法理由として、講じられたセクトヘの対策にもかかわらず、セクト団体を解散に追い込んだ例は皆無であったことから、それを実際に解散できる手続きを整備する必要があると説いていた。
◆上院で第一読会
 アブー法案は、99年になって上院(元老院)で審議・修正され、わずか三ヵ条になった。これが12月16日に可決された(上院第一読会)。
 次に上院案は、下院(国民議会)で、代議士カテリーヌ・ピカール(社会党)らの提案、さらに政府の提案で大幅に修正された。この段階で、行政手続による解散か司法手続での解散という常識的な修正が行なわれるだけでなく、後で述べる精神操作(「マインドコントロール」)罪規定、施設設置・宣伝禁止規定等が付け加わり、法案は十三ヵ条になった。
 下院は、修正した法案を2000年6月22日に可決した(下院第一読会)。
 こうして法案は上院に戻った。下院第一読会の段階で法案がフランス内外から注目されるようになったこともあって、アブーは、伝統的宗教教団を含め、さまざまな立場の者の意見を聴取するなどして慎重に検討した。この結果、上院は、司法手続による解散はそのままにして、後で見るように精神操作罪規定を無知・脆弱状態不当濫用罪規定に改め、施設設置・宣伝禁止規定の一部削除するなどした。これにより法案は成立した法律と同じ形となった。上院はこれを2001年5月3日に可決した(上院第一読会)。
 最後に、法案を再び受け取った下院は、後に触れるように、速やかに成立させることを優先させ、上院案を無修正で同月30日に可決した(下院第二読会)。


375 フランスの反セクト法(2) 2004/05/02 17:05

◇解散宣告権限は裁判所に――最終的には六章二十四ヵ条に(上院と下院で各二回の審議)
 こうした制定過程を経て成立に至った反セクト法は、六章二十四ヵ条からなる。
 その多くは刑法と刑事訴訟法の中にある条文の改正規定である。
 この法律の各章ごとにその骨子を見ると、次のとおりである
 一章は、セクト法人またはその幹部が刑法等に定める所定の犯罪で有罪となった場合、・司法裁判所が法人の解散を宣告できることを定める。
 二章は、一章に伴い、これまで法人の刑事責任が定められていなかった所定の犯罪について法人の刑事責任任を規定する。
 三章は、法人の解散にかかわる処罰規定(例えば、解散された法人を再結成しようとする者への処罰規定)の刑罰等を重くすることを定める。
 四章は、特定犯罪で繰り返し有罪となったセクト的運動の広告を制限する。
 五章は、後で述べる無知・脆弱状態不当濫用罪規定を設けたものである。
 六章は、セクトの関わる法人または自然人が犯したいくつかの犯罪について、被害者を支援する
公益法人が刑事私訴の当事者となることができるとする。
 これによってフランス最大の反セクト団体(アドフィー)が刑事私訴の原告となれるようになった。

◇激しい「宣伝禁止」の規定
◆反セクト法の主要規定
 以下の三ヵ条が重要である。
 第一は、次のようなセクト集団の解散規定である一条である。
 「法的形態または目的のいかんを問わず、活動に参加する者の心理的または身体的依存状態を作り出し、維持し、利用しようとする目的または効果を有する活動を続けるすべての法人は、以下に述べる犯罪のいずれかについての刑事上の確定した有罪が、法人そのもの、あるいは法人の法律上または事実上の幹部に対し、宣告されたときは、本条の定める手続に従い、解散が宣告されうる」
 そのような犯罪として、一条は、刑法に定める殺人、暴行、遺棄、自殺教唆、逮捕監禁、窃盗、詐欺、横領等とともに、他の法律で定める不法医療行為罪と虚偽広告罪を挙げる。
 なお、信者の「心理的または身体的依存状態を作り出し、維持し、利用しようとする目的または効果を有する活動を続ける」団体が、セクト的運動・集団と定義されている。
 第二は、三章にある19条である。
 これは次のようなセクト集団の宣伝禁止規定である。

 「法的形態または目的のいかんを問わず、活動に参加する者の心理的または身体的依存状態を作り出し、維持し、利用しようとする目的または効果を有する活動を続ける法人そのもの、またはその法律上または事実上の幹部が、繰り返し、以下に述べられた犯罪のいずれかについて、刑事上の確定した有罪が宣告され
たとき、方法のいかんを問わず、その法人を広める青年年向けのメッセージを配布することは、5万Frの罰金に処せられる」
◇ 以下は6面につづく◇


376 フランスの反セクト法(3) 2004/05/02 17:10

◇既存刑法改正の形――無知・脆弱者守るために
◇1面からのつづき◇
 第三は、無知・脆弱状態不当濫用罪を定める20条である。法文はこう規定する。
「未成年者、もしくは年齢、病気、身体障害、身体的欠陥、精神的欠陥、
―――――――――――――――――――――――――――――――――
または妊娠状態のため著しく脆弱な状態であることが明白な者
――――――――――――――――――――――――――――
または犯人にそれが認識される者、
もしくは重大または反復した圧力行為または判断を歪めうる技術の桔果、心理的または身体的依存状態にある者
に対して、重大な損害を与えうる作為または不作為を義務づけるために、
―――――――――――――――――――――――――――――――――

その者の撫知または脆弱状態を不当に濫用することは、
―――――――――――――――――――――――――
三年の拘禁刑および250万Frの罰金に処せらる。
 犯罪が、活動に参加する者の心理的または身体的依存態を作り出し、維持し、利用しようとする目的または効果を有する活動を続ける集団の事実上または法律上の幹部により犯されたときは、刑罰は、五年の拘禁刑および500万Frの罰金になる」(傍線は筆者が付した)。
 ところで、一項の傍線部は、新法制定前に刑法典の「詐欺及びその周辺の犯罪」の章に置かれた刑法典313-4条(弱者への準詐欺罪)と同じである。
 20条は、この既存の刑法規定に「マインドコントロール」に関する内容を付加して、刑法典の「人を危険にさらす罪」の章に新設した刑法典223-15-2条としたものである。
◇人権諮問委から聴取――上院は伝統教団からも
◆精神操作罪から無知・脆弱状態不当濫用罪へ
 精神操作非規定は、上院第一読会にはなく、下院第一読会で登場した。それは、「法人中の一人の者に対し、意思に反するか否かを問わず、その者の重大な損害を及ぼしうる作為または不作為に導くため、重大かつ反復した圧力を加え、またはその者の判断を歪めうる技術を使用すること」を三年の拘禁刑および30万Frの罰金に処す、との規定であった。これは「人の尊厳に対する侵害の罪」という犯罪類型の一つとして刑法典に挿入された。ピカールは、その立法理由として、現行法では「マインドコントロール」に充分には対処できないと主張した。
 下院案が精神操作罪等を設けたことは、フランスの伝統的宗教教団からの非難の的になった。司法大臣さえも、下院での可決の直後、その規定がヨーロッパ人権条約に違反しないかとの懸念を表明した。
 そこで大臣は、上院での審議に先だって、この点に関して全国人権諮問委員会の意見を求めた。これを受けて同委員会は、2000年9月21日に大要次のような意見を出した。
 法案は、セクト団体への所属それ自体を処罰するわけではないので、ヨーロッパ人権条約に違反しない。だが、現行刑法にすでに存在する「弱者への準詐欺罪」(刑法典313-4条=前述)を改正すれば足りるので、その創設は適切ではない(ミルス[セクト関係省庁対策本部]もこの意見に賛成)。
◆より安易に起訴
 こうした状況を前に、上院は「信仰の自由とセクト対策を調和させる」(上院法律委員会報告書[司法大臣も同旨のことを述べる])ことを基本姿勢とした。そこで、上院は、全商人権諮問委員会の意見に従うとともに、伝統的宗教教団の代表者等の意見も聴取して(この点は本紙2月6日付で紹介した)、精神操作罪規定を、先に見た法律20条のように修正した。この規定には、「重大または反復した圧力行為または判断を歪めうる技術」の点で下院第一読会案の要素を保持しながらも、「マインドコントロール」そのものを処罰するのでなく「マインドコントロール」の結果、人が無知または脆弱状態にあることに乗じて損害を与えることを犯罪とすることにした。法案を審議した上院法律委員会の報告書によれば、この規定の創設で「いくつかのセクト的運動をより容易に起訴しうるであろう」という。


377 フランスの反セクト法(4) 2004/05/02 17:15

◇「見極める能力」あるか――白熱の論議、両院それぞれ修正
◆消えた施設設置禁止規定
 下院第一読会はセクト集団の施設設置・宣伝を制限する次の三条項を付加する修正を行なった。
 すなわち、「1」法人または幹部が特定犯非で繰り返し有罪となったセクト団体が、病院・学校等の200メートル以内に施設を設置することを、市長等が禁止しうるとする規定、「2」行政庁は同様の団体への建設許可を拒否しうるとする規定、「3」同様の団体の宣伝を行なうメッセージを青年に配布することを犯罪とする規定、がそれである。これらの規定も批判を受けた。もっとも、「1」にはヒントとなる現行規定があった。それは、未成年者への販売禁止物品の販売・広告を主たる活動とする施設の設置を学校の100メートル以内で禁止した、1987年7月30日の法律99条である。
 以上のような施設設置・宣伝を制限する規定について、上院は前記「1」と「2」を削除し、「3」を小修正して存続させた(これが前記の一九条となった)。
 上院法律委員会の報告書によれば、次のような問題点が「1」(特定施設近辺での施設設置禁止)の削除理由である。
 市長にセクト集団を見極める能力があるか、またセクト集団の進出を知らなかったため、市長が何もしなかったとしたら、市長が非難されるおそれがあるのではないか、というのである。「2」(建設許可の拒否)の削除も、同様に、関係機関がセクト集団を見極める能力に疑問があるためとされた。
◆上院案を急ぎ可決
 下院第二読会のピカール執筆による法律委員会報告書は、上院で消えた二規定の削除を遺憾とし、この点の考察を継続することを求めた。
 だが、法案が綿密な審議の結果であるため、ピカールは法案の採択を求めた。その結果、上院案はそのまま急ぎ可決された。そのため、伝統的宗教教団が求めた教団からの意見聴取は下院では行なわれなかった。

◇「拡大解釈の余地」に不安も――弱者の保護か宗教的寛容か
◆反セクト法への懸念
 反セクト法は、精神操作罪規定を含んだ下院第一読会案よりずっと改善されたものである。というのは、セクト被害者の多くがいわゆる弱者であることを考慮し、新法が弱者保護という目的を明確にするとともに、犯罪行為の対象を限定したことにおいて、法律には信教の自由等の基本的自由への配慮があるからである。
 この点は、新法制定過程で、とくに精神操作罪規定に異議を唱えていたフランスプロテスタント連盟会長のジャン・アルノー・クレルモン牧師も認める。
 事実、クレルモン師も「最悪の状態が避けられたことは疑いない」、法律は「全体として受け入れられうる」と言明するほどである(ラクロワ6月11日)。
 しかし、クレルモン師は、反セクト法には決して満足しておらず、それに警戒する姿勢を変えない。その半減の中心は、やはり無知・脆弱状態不当濫用罪規定(20条)にある「損害」のあいまいさである。クレルモン師は次のように述べる。
「何を根拠として司法官は損害を判断するのか。支配的な雰囲気と流行に従い、教団に入ること、見栄えの良くない宗教集団のメンバーであること
が『損害を与えうる』と判断されるおそれはないか」(ラクロワ5月30日)。

(注 ○付き数字を「」付きに変更  機種依存文字のメートルをカタカナに変更)


378 フランスの反セクト法(5) 2004/05/02 17:17

◆安易な類似立法は危険
 このように無知・脆弱状態不当濫用罪規定があいまいで将来拡大解釈されるのではないか、という懸念はカトリック教会でも見られる。カトリック教会が、この規定が修道士の禁欲・服従等に適用されることをおそれるのは、それを示す。
 こうした懸念を杞憂だと笑ってすませるわけにはいかない。無知・脆弱状態不当濫用罪規定にいう「損害」には、限定がないからである。
 無知・脆弱状態不当濫用罪規定の元になった刑法典313-4条の準詐欺罪における「損害」は財産上の損害に限られたが、「人を危険にさらす罪」の章に置かれた無知・脆弱状態不当濫用罪における「損害」は、財産上の損害に限られないのである。
 したがって、注視する必要があるのは、反セクト法が今後どう適用されるかである。
 ただ現時点で確実に言えることは、社会における宗教の尊重、とくに多数者からしばしば風変わりと見える新しい宗教への寛容が、反セクト法の恣意的な解釈・適用を避ける前提条件となるということである。
 それがなければ、新法が企図する弱者保護は、人類に精神的な豊かさをもたらす宗教を抑圧するという高すぎる代償を払うことになりかねない。その意味で、宗教を弾圧することに躊躇しない国が、反セクト法類似の立法をするのは、この上もなく危険であろう。

[Net解説]
 この論文の特長は、無宗教大学の法学者という、宗教上中立な立場の人物により執筆された点にある。
◆『無知・脆弱状態不当濫用罪』の定義
(1)未成年者、もしくは年齢、病気、身体障害、身体的欠陥、精神的欠陥、または妊娠状態のため著しく脆弱な状態であることが明白な者または犯人にそれが認識される者、
(2)重大または反復した圧力行為または判断を歪めうる技術の桔果、心理的または身体的依存状態にある者
(1),(2)に対して、重大な損害を与えうる作為または不作為を義務づけるために、その者の撫知または脆弱状態を不当に濫用することは、三年の拘禁刑および250万Frの罰金に処せらる。
 犯罪が、活動に参加する者の心理的または身体的依存態を作り出し、維持し、利用しようとする目的または効果を有する活動を続ける集団の事実上または法律上の幹部により犯されたときは、刑罰は、五年の拘禁刑および500万Frの罰金になる。
  ◇
 親が子供の病気に対し輸血拒否をすると、未成年の子供は判断力がないわけだから、『無知・脆弱状態不当濫用罪』が適用されうる。合同結婚式は、判断力のある成年者が納得してやっていれば問題はない。日本の民法上も、成人者本人の合意があれば親の許可なく結婚できる。


379 フランスの反セクト法(6) 2004/05/03 07:28

 反セクト法は厳格な刑事罰を課す刑法で、適用には厳密なルールがある。たとえ刑事責任が問われなくても、民事上の責任は存在しうる。



日記作者