| 2026年02月28日(土) |
昭和の犬 / 姫野 カオルコ |
昭和33年、家族が諦めかけた頃に帰還した父、 だけどシベリアでの生活を語る場面はほとんど描かれない。ひとに尋ねられて、口を閉ざす。抑留時の夢を見て、うなされて、起きる。あとは、娘や妻に向かって激しい癇癪を爆発させる様子ばかり。そしてイクと恐怖を分かち合えたはずの母も、不幸な結婚を呪い、心を病み、娘を愛そうとしない。 けれども、イクは親に対して受けた理不尽を訴えるわけでもなく、恨みも育てない。内面の激しい葛藤すらも、描かれない。 両親を「歪んでしまうだけの目に遭ったのだろう」と許し、結果として幸薄くならざるをえなかった自分の人生をも、静かに受け入れる。 それでいいのかと、何度も何度も思う。 けれどもそれが、親から精神的虐待を受けた(昭和生まれの?)ひとたちの、現実なのかもしれない。 受け入れたところで、やり場のない気持ちが解消することもなく、成人して両親を看取る立場になってから、イクの身体を蝕む。 そこにいつも犬がいる。 犬に笑いかけられて、犬と暮らした少女期を思い出し、すっと苦しい気持ちが吸い取られる。寂しいけれど、温かな気持ちになる。
この物語をよんで私は両親を思った 今でいうモラハラの父と、そんな父の愚痴をいつも話す母から逃げたかった でも、適切ではないが私も娘に疎まれる母になってしまった それゆえに思うのは両親共に生きていくことに余裕がなかったのだと、そういうことだ
私も私の出来る精一杯の思いで両親を看取った
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