| 2005年01月02日(日) |
『責任 ラバウルの将軍 今村 均』 角田 房子 |
私には法律で罰せられない罪がある−戦犯として服役をすませた後も、ラバウルの軍司令官には�狃�戦�瓩呂覆�った。釈放後も、自宅先の三畳の小屋に自らを幽閉して戦没者を弔い、困窮している遺族や辛くも生還した部下たちへの行脚の旅を続けた。
今 日本の大人たちは不祥事があっても誰も責任をとらない 警察や社会保険庁やNHKやその他 枚挙のいとまがない 何かあって当座は騒いでも 昔なら『人の噂も75日』とか言ったが 今はもっと短いサイクルで忘れさられる 今村 均も ラバウルの戦犯収容所で自決を図ったが 失敗している 昭和20年8月15日朝、一切を語らず劇的な自決を遂げた陸相、阿南惟幾もいる 何も自決をすることが正しい責任の取り方ではないが、今の日本人は 今村 均 や 阿南 惟幾 くらいの 自覚は持ち合わせていないのか 直接の担当者が板ばさみになって自殺するケースはあるようだが・・ 「・・・・・堪え難きを堪え、忍び難きを忍び以って万世の為に太平を開かむと欲す・・・・・」 という言葉でもって終わったあの戦争で 天皇の責任はどうだったのだろうか・・ 今日の一般参賀のニュースを見ながら ふと感じたことだった
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