極彩色、無色
目次|過|未
2005年03月23日(水)
死亡1日目、家族は誰も知らなかった
|
母が死んだ日、私は普通にバイトをし終えて、普通に家に帰って、普通にご飯を食べて、普通に寝た。
母が死んだのは、夜中の3時。
友達の家に長居をしての、その帰り道。
夜12時頃に父が電話して、最後の会話をした。
『もうすぐ帰るから、先に寝てていいわよ』
電話越しに聞いた、最後の母の声。
でも、それが”最後”になると知ったのは、もっと後のこと。
翌日は土曜だった。 バイトが休みなので昼まで寝ようと思ってたのに、7時頃に父に起こされた。
『お母さんがまだ帰ってないみたいだ。起きてくれ』
坦々とした、いつもと変わらない声だった。
私は、母のことだから、夜遅かったし引きとめられて、そのまま友達の家に泊まっているのかと思った。
のろのろとベッドから這い出て、リビングに行く。煌々とついた蛍光灯は、父が起きる前から点けっ放しになっていたらしい。
いつも母が夜遅くまで本を読んだり、自分の趣味のために使っていた和室にも、母はいなかった。
携帯に電話しても、留守電になる。
何度電話しても、留守電。
それでも、大丈夫と、高を括っていた。
車の運転中、途中で眠くなって、どこかで寝ているのかもしれない。それで、そのまま寝過ごしているのかもしれない。
そう、思うことにした。
すぐに、『遅くなってごめんね』なんて言いながら、母が帰ってくると信じていたから。
父は、定時になって職場へ向かった。経営者だから仕方ない。
『1時間ごとくらいに、電話をしてみて。でも、あまりむやみに電話して、携帯のバッテリーが切れても困るから、時間を見計らってな』
平気な顔をしていても、一番心配しているのは父だ。
仕事にだって、本当は行きたくないだろう。
今すぐにでも母を捜しに行きたいのだろう。
だけど、生活に縛られる。
きっとすぐに母は帰ってくる。
いつも通りの生活をしていれば、きっと。
父が出掛けに、
『お兄ちゃんにも一応、連絡しておいてくれ。万が一、事故に遭った可能性もあるから。万が一な』
一番、そうじゃないって信じたいのもお父さん。
でも、一番考えない訳にいかないのも、お父さんだった。
父が出掛けた後、東京に下宿している兄に電話した。
『あのね、お母さんが昨日から帰って来ないの。昨日の、あ、もう今日になってたけど、12時くらいに心配してお父さんが電話したら、まだ友達の家にいて、でもその時はすぐに帰るって言ってたのに、まだ帰って来ないの』
自分でも、何を言ってるかわからなかったけど、全部言わなきゃとだけ思っていた。
兄は、
『うん。うん。そうか。わかった。』
静かに聞いていてくれた。私が混乱してることも全部伝わっていただろう。
『とりあえずお父さんに電話してみる。今日はそっちに帰るから。じゃあ、後でな』
電話を切った後、すぐに母の携帯に電話してみた。
『ただ今電話に出ることはできません』
何時間後に電話をしても、母が出ることはなかった。
父が、母の実家に電話をしたらしく、叔父さんから電話がきた。
『俺も携帯に電話してみるから』
言われたけど、『バッテリーの残りが心配だから、あんまり頻繁に電話するなって父が言ってたから』と断った。
母に電話するのは私の役目だと思った。
一番に母の声を聞きたいと思った。
安心したかった。
もう謝ることもできないのです。
目次|過|未
|