うさぎのつぶやき
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新年おめでとうございます。穏かなお正月を迎えられましたでしょうか。
少子化が進む中で、家族のあり方も少しづつ変化して「盆と正月」という言葉にこめられた 特別なイベントは、すっかり死語と化してしまったような感のある最近のお正月事情。
それでもその変化のさまを目の当たりに見てきた私は「何がいいのか悪いのか」「何を残すべきなのか」 そして「どう伝えていけばいいのか」と言うような事を、私なりにもっと真剣に考えてみようと思っています。
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幼い頃、お正月とお盆の時期は必ず父の故郷である都城へ家族揃って出向いていました。 祖父は私が二歳の時になくなりましたので、物心ついた時には祖母しかいませんでしたが、 父の兄弟八人のうち五人が都城におりましたので、六家族が皆本宅に集まるのです。
どの兄弟にも三人の子供がいましたから計三十人と祖母の大所帯です。 大人たちはそれぞれ話に花が咲き、子供達はワイワイがやがやと走り回り、とても楽しいひと時でした。 どういうわけかお酒を嗜む者が少なく、ただ独り二番目の叔父だけが赤い顔をしてご機嫌だった事を覚えています。
十八人も子供がいればお年玉も大変な金額になるという事で、大人達は考えました。 皆でお金を出し合い、人数分のおもちゃやお菓子など、子供の喜びそうなものを買ってきて、 その一つ一つに三メートルくらいの紐をつけるのです。 そしてその紐を誰かが束ねて握って、子供達は小さい順に紐を引っ張ります。 お目当ての物がゲットできれば大喜び、外れれば悔しがる。
今その光景を思い出してみると、子供達はもちろんですが大人達も結構楽しんでいたような気がします。
祖母と同居していた長男である叔父夫婦はそんな大所帯の賄を一手に引き受けて、ご馳走を振舞い 世話を焼いてくれました。。 これは私の親戚が特別だった訳でもなんでもなく、当時あちこちでよく見られるお正月の一コマだった のではないでしょうか?
一体何がどう変ったしまったのか・・・? じっくりと考えてみると、結局「ゆとり」という事なんじゃあないかしらと気づきました。 誰でもきっとそういう些細な喜びを感じる感性は持っていると思うのです。 ただ時代があまりにもハイスピードで過ぎていくものだから、それについて行くだけで 精一杯なのかもしれない。
道路わきに咲いている名もない花に目をやったり、街路樹の裸木に小さな新芽が芽吹き始めていたり、 おじいさんやおばあさん、そして家族の何気ないSOSのサインに気を配ったり、そんな本当に些細な事を 感じる「ゆとり」を忘れてしまっている、
そんな気がしてなりません。
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