四面楚歌 とか 八方ふさがり とかいう言葉が頭に浮かぶ。
ああ 自分はかなり追い詰められているんだな と 変に冷静な顔をしたジブンが胸の中で苦笑してる。
昨日 少し持ち直せたと思った精神状態なのに 結局 現実 ってモノにかかっては こんなにあっけなく脆く粉々にされるものなのか。 ぼんやりと他人(ひと)事のように思う。
感情に膜を張ることによってダメージを少なくしようとしている。 これも自衛本能。足掻き。
問題はいろいろある。 男の子三人育ててたら 誰もが直面するだろうこと。 実家の両親や祖母のこと。介護の問題。 自分自身のトラウマと病気、精神状態のこと。 それらが複雑に周囲と絡まって そこにまた新たな問題が発生する。
これらは 気持ちの持ちよう、考え方 や 誰かに相談とかで解決できるものでは無いし 話せば楽になる・・ということは確かにあるんだろうけども そういう愚痴を言葉にしても余計に複雑に糸を絡ませて しまうのもわかっているし また それで何とかなる問題でもない。
現実問題。 そう、ゲンジツモンダイ と考える。
実家の両親に相談はできない。 以前にしなかったわけではないけど それで思い知ったのは しても負担を増やすだけだということ。 それに 両親もまた人間だっていう思えば当たり前のこと。
それでなくても介護の心労が重なってる中 それでも娘と孫達を気遣ってくれているが わたしの病気に対する認識があまりないせいか 時々 無意識に傷口を抉る言葉を吐かれる。 介護の愚痴も聞かされる。 これはかなり堪える。
でもそれを責めるのは酷というものだろう。無理もない。 特に父は責任感が強くしっかりしているように見えて 実はかなり 繊細な脆い部分を持っている人だ。 この歳になれば さすがにわたしもわかる。
だから自然と(心配するので)報告はしても これ以上の精神的負担を両親にかけたくない となる。
友人達やKへの相談。 これも現状がここまでくると気力が無くなる。
説明自体が もうシンドイ。 元々 わたし自身 相談をするという行為が あまり得意でないということもある。
特にKに対してはそう。 環境が違いすぎる。
それに心許せる友人達はKを含め みんな住んでいる所が遠い。 でもだから 人間というものに 疲れ果てていたわたしでも 心の扉を開けたという一面があるのも 皮肉なことながら否めない。
自分のトラウマや病気のことは 薬の力を借りながら 持ちこたえて 何とかやっていくしかない。
過去のことはどうしようもないことだし 現在のことは耐えて乗り切るしかない。
周囲からどう思われるかとか 周囲との関係が一番 わたしのような性格の人間には気になるところだが 敢えて今は それを捨てて ふてぶてしくなることだろう。
今 最優先にすべきは 生きることにしがみつくこと。
精神逃避してでも とにかく 現実に踏み留まって 日々を積み重ねていくこと なのだから。
諦めたくなるほどの絶望にさいなまれる。 多分 今 どこかの暗い非常階段を上りきりダイビングしないのは 死 というものを生々しく目の前で見てきた その 刻み込まれた恐れゆえ にすぎない。
取り巻く環境が改善できるなら それが一番望ましい。 でも それが難しい現実というものがあるなら。
足掻く 足掻け 誰の為でもなく自分がまだそれでも手を伸ばしているから 力の続く限り いや この力が途絶えようとも どんなに見苦しくとも
生きてみせる と 此処に 自分自身に 誓おう。
この現実を
生きる 生きる
生き る。
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ゆうなぎ
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