++いつか海へ還るまで++

雨が降る 代わりに泣いて いるように

降り続く雨 降り止まぬ雨


2006年03月01日(水) 術(すべ)

その時

もっと怒ることができたら楽なのかなと 思った。
少なくとも理不尽だと思える八つ当たり的な
一方的な言われように対して。

腹が立たないわけじゃない。傷つきもする。
ただ
わたしは長い間 命の期限を切られたヒトの
看取り役を果たしてきて 
そこでは八つ当たりと理不尽な罵倒を
黙って受け止めて呑み込むしか術(すべ)がなかったから。

美談でもモノワカリの良さでも優しさでもなく
そうする以外の自分にできる術を知らなかった。

ある意味 これは偽善だろう。
それでも染み付いてしまった癖は抜けない。
何より 疲れてしまった心には怒りという力すらもう無い。
虚しさと深く抉られた部分から流れる血をこの手で押さえて
悲鳴を呑み込む事だけだ。

それでも理不尽だなとは思う。
一方的に近い形で八つ当たりの罵倒、
有無を言わさぬ思い込みの解釈されて
でも そういう人は自分がそれでどれだけ相手の心に
傷を残したか なんて考えちゃいない。

そういうことは さっさと頭の中から消えるようだ。
なかったことにリセットされるか もしくは
都合良く書き換えられるんだろう。
自分に喜びや幸せが訪れれば尚更。
自分の汚点のようなものは なかったことにしたいだろうし
それには相手を悪者にしてしまうのが一番都合がいいし楽だ。

踏みつけられたものは それでおしまい。
理不尽なこととも思うし 一度ぶつけられた剥き出しの感情を
忘れることなどできないけれど それも呑み込むしかない。

世の中 善と悪だけで色分けされてなんていない。
ただ立場の違うニンゲンがそれぞれの位置に立っているだけだ。
正しいだけの言い分も間違っただけの言い分も
そこには 何処にも 無い。


わたしはアノヒトが逝った後のアノ時に
嫌というほどヒトというものの業の深さを見た。

わたし自身 
返り血なら浴びているし深い業も抱えているけれども
でもだから余計に もう沢山だ と思うんだ。
見たくない。耐え難い。
まだ完全に壊れるわけにはいかないから 目と耳を塞ぐ。
去る人は追わない。ただ黙って見送る。


叫ばないわたしを意気地なしだというのは止めて。
叫ばせようとしないで。
叫ばないんじゃなくて もう叫べないの。
声が出ないの。呑みこみすぎたモノが胸に詰まっていて。



偶然に街でみかけた彼女はとても幸せそうで。

わたしのことなど気がつきもしなかった。

わたしも知らない顔をして通り過ぎた。


心に疼くような鈍い痛みが蘇ったけど
そのままいつものように呑み込んで俯いた。



これでいいんだと 思った。

それが自分のココロを殺さない為に

わたしが覚えた
術 だった。


---------------------------------------------------------


                               ゆうなぎ


 < 過去   INDEX  未来 >


ゆうなぎ [MAIL]

My追加