元々 根性は 無い。 いっそキモチイイくらいに きれいさっぱり 無い。
痛いの苦しいのはキライというか通り越して恐怖だし 面倒なのも苦手なので避けて通りたい方。 見事な小心者というか臆病者で その癖 要領が良くないから 救いようが無い。
なのに皮肉なものでそれが変な具合に稼動すると 根性無くて初っ端から既に思い切りヘタレてるのに 小心者の臆病者なので 痛いとか苦しいとかの言い時ときっかけが 掴めなくてわからなくて呑み込んでしまうってことになる。
それに小心者ゆえに一旦引き受けたり関わると ちゃんとしなきゃイケナイ という強力なスイッチが入る。 で 無理する。スイッチが入ってる時はとにかくやらなきゃ で 何とかなってるけど その後に見事スイッチ落ちる。寝込む。
この歳になっても生き方が上手くならない。 いや 上手くでなくてもいいから 人並みに極端な波を無くしたい。 少しでいいから楽になりたい。 弱音。 そう 弱音。
何だかキツイとか苦しいとか悲しいとかこんな苦労してとか そういうの話すのって苦手で。 聞かされるのは多いけど ジブンの話になるとどうも ちゃんと 伝えられない。
変な言い方だけど伝える自信がなくなるというか 例えば伝えたとしても ”こんな人の苦労話とか愚痴めいたことなんて 相手には苦痛だろうな”とか そういうことが頭をよぎって。 なんか 後ずさり妙に遠慮した物言いになってしまう。
嫌われたく無いんだと思う。 苦労話は話す方は楽になるけど 聞くほうはかける言葉がなくて 困ってしまうものだから。 相手の人が優しければなおさら 途方にくれるだろう。
正直 わたしなんてそんな良く出来た人間でもないし 愚痴いいたいことやら 忘れられない引きずってる憎しみだってある。
それをあまり言いたくないのは 口綺麗な言い方してしまえば 一方的な言い分はフェアじゃないって思うのが一つ。 どんなことでも それぞれの立場からみれば それは180度違ったものに なる。「羅生門」みたいに。違った物語がその数だけできる。
そこでは悪役は主役になり主役が悪役になる。 矛盾なようだけど 真実はひとつじゃない。
ただ これは半分は本心だけど 半分は逃げだと思う。 嫌なんだ。多分 見たくないんだ。思い出したくないんだ。 偽善でもある。やっぱり”イイヒト”でいたいっていう。
正直に気持ちのありのままを言えるひと。 それが悲しみであったり愚痴であっても。 そうして正しさとかあるべき姿とか そういうのを実践していたり そういうヒト達 自然な善のヒト達に素直に共感できるヒト。
羨ましいな と思う。 わたしも 偉いな すごいなとは思うだろう。 そう 考えれたらいいだろうな とも 思う。
思うけど多分 わたしは心からそう思うことはないだろう。 どこか遠く醒めた目でしか見れない。 それは”違うから”なんだ。
良いとか悪いとかそういうのでなくて。 朝と夜が繋がっているようでも別の世界であるように。
きっと わたしは 偽善者だ。 それでも根っからの偽善者になりきれない所が中途半端だ。 やっぱり気にかかる。 やっぱり何か・・してやりたいとか思う。 せずにはいられなくなる。したいと思う。
気がつくとお節介してる。 ジブンのことすらちゃんとコントロールできないニンゲンが 人様の事どころじゃないだろう?って自分に突っ込み入れるけど 性分。不器用なくせにバカヤロウだ。
それで壊れかけてりゃ世話ない。
子供のことでもそう。 一旦受け止めようと思ったならどっしり受け止めるべきだろうし ワガママ甘えに付き合ってやろうと決めたら 途中でヘタレた姿 見せるべきじゃないだろう。
お母ちゃん 心意気はある。 あるけど 途中でへばる。 確かに最後まで頑張るっていえば頑張る。 でも ヘロヘロの まぁ そりゃ情けない有様だ。
自分の在り所を何処に置いたら良いのかわからない。
望まれたくて欲しがられたくて それを渇望していて。 与えられてないわけではないのに いくらでも欲しくなる。 与えられるそばからこの身をすり抜けていくようで いつまでたっても不安が消えない。
だから 強く刻み付けられたいと望む。 消したくても消えないくらいに欲しがられたいと そんなふうに。
反面 矛盾。 それを得たら 重くて逃げ出したくなるかもしれないと そんな 身勝手な 矛盾。
疲れているよ。
ごめん。
逢えたら 少し 腕の中で
眠ってもいいだろうか?
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ゆうなぎ
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