ナースステーションの受付には「職員へのお心づけは固く辞退申し上げます」と貼り紙がしてある。
しかし、患者さんやご家族から「感謝の気持ちだから、どうしても受け取ってほしい」と言われることも多く、お菓子はありがたくちょうだいしている。
今日もお昼を食べていたら、同僚が高級そうな包装紙に包まれた大きな箱を持って休憩室に入ってきた。午前中に退院した患者さんからのいただきものだという。
「生ものだから、今日中に食べてって言ってたけど……」
と言いながらふたを開けた彼女が「すごーい!」と歓声を上げた。見ると、桜の葉っぱにくるまれた薄ピンク色のおはぎが箱にぎっしり。
クッキーやフィナンシェなどの洋焼菓子はよくいただくが、和生菓子はめったにない。しかも、この時期だけの桜餅。みんなのテンションが上がり、われもわれもと手が伸びた。
桜餅は食べるときの“お作法”が人によって違っていて、おもしろい。
葉っぱごとぱくりといく人もいれば、ていねいにそれを取り除いてお餅だけを食べる人もいる。
ところで、桜餅には二種類あることをあなたはご存知だろうか。
以前、日記に「私は桜餅の葉っぱの真ん中に通っている太い筋を取り除いてから、ふたたび包んで食べる」と書いたところ、読み手の方から、
「私の場合、どちらの桜餅かによって答えが違ってきます。道明寺桜餅なら葉っぱは食べませんが、長命寺桜餅なら食べます」
というコメントが届いた。
「道明寺?長命寺?」
ネットで調べたら、前者は関西の桜餅、後者は関東の桜餅、とあってびっくり。
| これが関西の桜餅。私にとって桜餅といえばこれ。 つぶつぶのもち米で餡を包んだもので、もちもちとしたやわらかい食感がいい。 関東ではこれが桜餅としてではなく、「道明寺」という名で売られているという。
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| そして、これが関東の桜餅。「長命寺」というそうだ。 小麦粉を練ってクレープ状に焼いた生地で餡を包んだもので、やはり薄いピンク色をしている。 桜餅としてはもちろん「長命寺」という名でも、これが関西で売られているのを私は見たことがない。 |
関西の人と関東の人が「桜餅っておいしいよね」「私も大好き」と話しているとき、二人は味もかたちもまったく異なるものを思い浮かべているのだ、ということをそのとき初めて知ったのだった。
しかしながら、私の中にある疑問が残った。
西と東で桜餅が別物であることはわかった。しかし、「道明寺なら葉っぱは食べないけど、長命寺なら食べる」とはどういうことなのだろう。どちらも同じ塩漬けの葉っぱなのに、どうして食べたり食べなかったりということになるのか。
これが逆のパターンだったなら、まだわかる。道明寺(関西ではこういう呼び方はしないが)は本体がもちもちしているため葉っぱを剥がすのは大変だが、クレープ生地の長命寺なら簡単だろうから。
でも、コメントをくれた方は剥がしづらいほうの桜餅の葉っぱを苦心して取り除き、剥がしやすいほうは葉っぱごと食べるという。どうしてなんだろう。
……と思ったが、ご本人に訊くこともなくすっかり忘れていたある日、JALの機内誌で二種類の桜餅について書かれたコラムを見つけた。
「関東は葉っぱを食べるのを前提にしてやわらかい葉を使い、関西は匂いづけのために小振りのちょっとかためを使う」
という一文を読んで謎が解けた。と同時に、「ほらあ、私の食べ方は邪道ではなかったじゃない!」と快哉を叫んだ。
「葉っぱを剥がし、茎や葉脈を取り除いてからもう一度お餅に巻いて食べる」と書いたら、行儀がよろしくないと言われてしまった。だが、いままで私が食べてきた桜餅にはやはりかための葉っぱが使われていたのである。
その日記に届いた「葉っぱを食べる、食べない」コメントをまとめてみたら、こうなった。
一番左の棒が全体、つまり「桜餅といえば道明寺」「いや、長命寺だ」「どっちも見かけるよ」を合計して出した結果。
68%が「葉っぱごと食べる」、32%が「剥がして食べる」となっている。
そして、桜餅の種類によって食べる、食べないの比率が異なるということはなかった。
葉っぱの“処遇”は、餡の甘さと葉っぱの塩けのコンビネーションをどう評価するかで決まる。
食べる(長命寺/男性) 餡子の甘さと桜の葉の塩けが絶妙のバランス。葉っぱごと食べるからおいしい。 |
食べない(道明寺/女性) 葉っぱの塩味と中身の甘さが一緒になっているのが嫌。それに葉っぱのまま食べるとしょっぱすぎる。 |
他にも見事に対立する意見があり、おもしろかった。
食べる(道明寺/男性) 葉っぱが剥がしにくいのは、剥がすべきものではないからではないでしょうか。 |
食べない(長命寺/女性) 我が家では家族の誰も葉っぱを食べず、子供の頃から「あれは包み紙だ」と思ってきたので食べられると知ってからも食べる気がしません。 |
食べる(どちらも有/女性) 柏餅の葉は味がついてないけど、桜餅は塩味がついている。もし柏餅のようにはがして食べるものなら、わざわざ塩漬けしないのでは……。 |
食べない(道明寺/男性) 柏餅や柿の葉寿司の葉っぱを食べますか?桜餅も同じで香りづけのためのものという認識なので、食べません。 |
食べない派も葉っぱの存在意義は認めていることがわかるのが、このコメント。
食べない(道明寺/男性) スーパーでたまに見かけるビニールの偽葉っぱ、あれはいただけません。いくら食べないといっても桜の風味がないと思うと買う気になりません。 |
ちなみに、「三つ食へば葉三片や桜餅」と詠んだのは高浜虚子。彼は剥がして食べる人だったらしい。
道明寺と長命寺、どちらが本物の桜餅か、なんてどうだっていい。慣れ親しんできたほう、好きなほうがその人にとっての「桜餅」なのだ。
……ときれいにまとめて終わりたいのはやまやまなのだが、これを書きながら「桜餅といったら、やっぱり道明寺よね!」と頷いた私。
私が生まれも育ちも関西だから、ではないよ。
思い出していただこう。「道明寺」は道明寺粉で作った餅で餡を包んだもの。「長命寺」はクレープ状に焼いた小麦粉の生地で餡を巻いたもの。
ハイ、もうおわかりですね。
長命寺って、いったいどこが“餅”やねーーん。