出勤したら、ナースステーションの机の上にミネラルウォーターのペットボトルが並んでいた。
どうしてこんなところにと思っていたら、
「中身は水じゃないよ」
と夜勤明けの同僚。え、「富士山の天然水」じゃないの?
「それ、全部お酒」
と言うからびっくり。
夜中にある患者の部屋を見回りに行ったら、お酒のにおいがする。本人に確認したところ、日本酒をペットボトルに詰め替えて持ち込んだと話したそうだ。
病室でタバコを吸い、没収される患者はときどきいるが、お酒は初めて。看護師に見つからない方法を一生懸命考えたんだろうなあと思ったら、笑ってしまった。
私の周囲にもお酒好きは多い。昼の休憩室で、オンライン飲み会の話題になった。
何人かのスタッフが定期的に参加していると言い、リモート飲みの良さを説く。店で飲むより安上がり、メンバーに遠慮せず好きなだけ飲める、移動の面倒さがない、遠方の人とも飲める、などメリットが次々と挙がる。
そうしたら、「家飲みだったら、つぶれても安心だしね」と付け加えた人がいた。彼女は外で何度か記憶をなくしたことがあるそうだ。
「目が覚めたら、隣に見知らぬ男の人が寝ていた」というエピソードはドラマでありがちだし、現実でも痴漢や暴力行為をした人が「酔っていて覚えていない」と供述しているというニュースがしばしば流れる。私なら朝起きて、夕べ自分がなにをしたかわからなかったら恐怖を感じると思うのだが、それを繰り返す人はそれほど不安でもないんだろうか。
ところで、私がオンライン飲み会をしたことがないと言うと、みな一様に意外だという顔をする。
そう、むかしからなぜか、一度も一緒に飲んだことのない人からも酒豪扱いされる私。
サークルや職場の飲み会に行くと、やたらビールを注ぎに来られたものだ。彼らがよからぬことを考えて私を酔わせようとした……なんてわけはもちろんなく、私がイケる口だと信じて疑わなかったらしい。
「ごめんやけど、私、お酒弱いんよ」と手でコップに蓋をしても、「ハイハイ」と払いのけられるのが常だった。
実際は、ビール一杯でゆでだこのようになるというのに。憎からず思っている男性から「蓮見さんってよく飲むんでしょ」と言われると、
「この人の中で、私は“可愛らしい”イメージではないのね……」
と複雑な気持ちになったっけ。
酒の飲めない人は本当に気の毒だと思う。私からするならば、人生を半分しか生きていないような感じがする。 (山口瞳 『酒呑みの自己弁護』 ちくま文庫)
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と書いたのは作家の山口瞳さんであるが、同じように思う人はときどきいて、「え、飲めないの?もったいない。ぜったい人生損をしてるよね」と言われることがある。
そのくらい、彼らにとってお酒のない生活は考えられないのだろう。
私は量を飲めるようになりたいとは思わないけれど、「お酒の味がわかったらいいのにナ」と思うことはある。
なにを飲んでも、私の舌は「苦い」「渋い」「甘くない」としか判定しない。夏の暑い日に至福の表情でビールを飲んだり、「三が日はおせちを肴に昼間っから飲んじゃったよ」とうれしそうに話したりする人を見ると、それをおいしいと思えるって幸せなことだなあと思う。
ときどき仕事帰りにバーに立ち寄るという友人がいる。美人の彼女がカウンターでひとり静かにカクテルグラスを傾けていたら、絵になるだろう。
「私のイメージでカクテルをつくってくださる?」
「あちらのお客様からです」
なんてこともあるんだろうか。
どきどきしながら訊いたら、ドラマの見過ぎだと笑われてしまった。
でも、ゆっくりお酒を味わいながらひとりの時間を楽しむなんて、まさに「大人の娯楽」。ちょっぴり憧れる。
ところで、飲める人が口にする「お酒を飲めないなんて、人生の半分損をしている」について、やはり下戸だという同僚が「そうだよ、飲めない人間はぜったい損!」と激しく同意したものだから、驚いた。
えっ、私はそんなこと思ったことないわ。
「だって、飲む人だけで高いワインを何本も頼んどいてキッチリ割り勘だよ。それに、帰りは当たり前のように家まで送ってって言われるけど、ガソリン代や駐車場代を出してくれたことなんていっぺんもない」
なるほど、そういう“損”ね……。
だったら、次からはリモート飲みにしたらどうかしらん(オンライン飲み会にはこういう問題が発生しないというメリットもあったのね)。