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2007年10月19日(金) やっぱり怖いの。

同僚が先日の三連休に生まれて初めて飛行機に乗ったという。ええっ、初めて!?と驚いたが、考えてみたら私も夫と結婚していなかったらめったに乗らない生活をしていたかもしれない。
たとえば東京に行くには新幹線で二時間半、と長いこと思っていたが、夫と付き合うようになってから飛行機になった。彼はどこへ行くにも飛行機を利用する人で、今度どこそこに行くと言うとたちまち予約をとってくれる。チケット屋に行く手間が省け、かつ陸路より早く着き、安上がりとくれば乗り換えない理由はない。
しかしながら、決して好きというわけではないのだ。飛行機を利用する機会が増えても、いくら慣れても、心のどこかでは緊張している。
出張で年に百回飛行機に乗る夫によると、事故が起こる確率は車や電車と比べたらはるかに低いらしい。が、いかに稀なことであってもひとたび遭遇したら助かる見込みがほとんどないというのが恐ろしい。地面に足がついていないとこちらにはなすすべがないのだもの。
それなら海の上も同じであるが、船を怖いと思ったことはない。昨夏一週間の地中海クルーズをしたとき、船内を流れるBGMが映画『タイタニック』の挿入歌だった。「縁起でもない」と言いながらも笑って済ませることができたのは、船の場合は不具合が起きても即沈没、にはならないからだ。
「救援を呼ぶ間くらいはあるだろうし、海に投げ出されたとしてもがんばれば半日くらいは浮いていられるかもしれない」
と思えるのは大きい。
一昨年ドイツに行った際、フランクフルトからロンドンへは空路で移動したのだけれど、これから乗り込むというとき、飛行機に異常に詳しい夫が無邪気に言った。
「これ、昨日アテネで墜落したキプロス機と同じ型の飛行機だよ」
そういうことを言うのは降りてからにしてほしい、とかなりむっとした。事故の後は点検を強化するはずだからかえって安全なものよ……と自分に言い聞かせるのだが、モヤモヤは拭い去れない。
また、こんな場面も苦手だ。シートベルトをし離陸を待っていると、突然赤ちゃんが泣きだすことがある。火がついたような泣き声を聞きながら、心拍数が上昇するのがわかる。
「動物が地震を予知するように、大人よりずっと動物に近いところにいる赤ちゃんも本能的なもので不吉なことを察知したのではないか……」
そんなときによみがえるのが、向田邦子さんのエッセイで読んだ話である。
飛行機のエンジンがかかった途端、ひとりの男性が真っ青になって「急用を思い出した、降ろしてくれ」と言いだした。もう無理ですと止める客室乗務員を殴り倒さん勢いで力ずくで降りて行ったのだが、その飛行機は離陸直後に墜落。その乗客は元パイロットで、エンジンの音からその不調を悟ったのだ------という内容で、私は赤ちゃんと一緒に泣きたくなってしまう。向田さんもその原稿を書いた時点では、自分が将来飛行機事故で死んでしまうなんて夢にも思っていなかっただろう……などと考えると、さらに動悸がしてくる。
「あんな大きな鉄の塊が空を飛ぶほうがおかしい」なんてことは思っちゃいないが、もしものときは一貫の終わりというのが頭にあって、海外に行くときは人に見られると恥ずかしいものは処分したり、ブラウザの履歴やパスワードを消去したりする。親しい人には何日に発ち、いついつの便で戻りますと知らせておく。JR福知山線の脱線事故のようなことがあっても、電車に乗るときにいちいちそんなことはしないから、やはり私はそれを信用しきっていないのだろう。
いままでで一番怖い思いをしたのは、ミュンヘンからバルセロナまでルフトハンザ航空の飛行機に乗ったときだ。
乱気流のせいなのか、離陸後まもなくから機体は揺れに揺れた。機長の指示で客室乗務員もずっと着席したままである。あちこちで悲鳴が上がるほどで、私も夫の手を握りしめながらいろいろなことを考えた。
しかし、このとき私を、いや多くの乗客を救ってくれたのは機長のアナウンスでも客室乗務員の笑顔でもなく、前方の席に座っていた小さな子どもたちだった。幼稚園か小学校低学年くらいの子どもが何人か乗っていたのだが、彼らは飛行機がぐらりと揺れるたび、実に楽しそうな歓声を上げるのだ。まるでディズニーランドのビッグサンダーマウンテンにでも乗っているかのようなはしゃぎっぷりだ。
一時間半後、飛行機は大きく傾いたまま片輪ずつ着陸した。ものすごい衝撃だったが、ここでも彼らは「キャッホ〜!」。
飛行中、もし彼らが「ママー!」と泣き叫んでいたら、機内はさらに騒然となっていただろう。無事駐機場に入ったとき、乗客の間から拍手が沸き起こったが、あれには「お互いがんばりましたね」という気持ちだけでなく、「坊やたち、ありがとね」も込められていたのではないかしら。
こんな日記を書くと余計に乗るのが怖くなってしまうのだが、海外旅行の予定はしばらくないのでその間に忘れることにしよう。

【あとがき】
JRの脱線事故のようなことがあっても、やっぱり電車のほうが気楽ですね。やっぱり地面に足がついているという安心感は大きい。海外に行くとき機内食やおやつをつい食べ過ぎてしまうのも、気を紛らわせていたいからである……ってハイ、それは関係ないです。