過去ログ一覧前回次回


2006年05月22日(月) 誰が読んでいるかわからないから(中編)

前編から読んでね。

ネット上で見たり聞いたりした不気味な話は両手の指を使っても足りないくらいある。
見ず知らずの人から自宅に電話がかかってきて「いつも読んでます」と言われた、家族にサイトのことをばらされた、勤務時間中に更新していると職場に“通報”された……といった話を最初の頃こそ鳥肌を立てながら聞いたが、いまではそれほど驚かない。
書き手がうっかり“手がかり”になるような情報を書いてしまったとしても、モニターを眺めているだけであぶりだしのように書き手の本名や電話番号が浮かび上がってくるわけではない。絞り込むためのさらなるヒントを求めてログを漁り、かなりの骨を折らなければそれらを突き止めることなどできないのだ。
それなのに、そういうことが読み手の劣情をそそるような過去を赤裸々に告白しているだとか好戦的なキャラクターだとかいうわけでない、ごくふつうの日常を綴る子育て中の主婦や会社員の身に起こるのである。

ある育児日記系のブログでこんな展開を見たことがある。
わが子がお風呂に入っている写真を載せたら、「どんな人間が見ているかわからないから気をつけたほうがいい」と読者から忠告のメールが届いた。書き手はそれもそうかと思い、そのことを翌日日記に書いたところ、こんなコメントがついた。
「私は実際に経験があります。親バカのつもりで同様の写真を載せたら急激にアクセスが増え、おかしいと思って調べたら、2ちゃんねるのロリコンスレにURLを貼りつけられていました」
どんな人がなんのつもりでこういうことをするのか。私にはもうまったくわからない。
数日前、ブックマークの中のある日記書きさんが自分のある日のテキストをそっくりそのまま使っているサイトを偶然発見し、怒りの日記を書いておられたが、こういうこともめずらしくない。
抗議してファイルが削除されるならよいほうで、「そっちがぱくったんじゃないの!」と逆切れされたとか、メールを送っても無視をきめこまれ泣き寝入りするしかなかったといった話も聞く。
しかし、盗まれたのが一話だけならまだましかもしれない。過去ログのすべてが他人が書いたテキスト、というサイトさえ存在するのだから。
検索ロボットよけのタグを埋め込み、日記リンク集にも登録せず、何年も前のログをひっぱってくる……。オリジナルのサイトの書き手とその読者に見つからないよう細心の注意を払っていたにも関わらず、彼女は私にリンク依頼のメールを送るというミスを犯した。すぐに気づいた。彼女が一年ものあいだテキストを盗用しつづけていたサイトは私のブックマークのひとつだったから。
読者から以前どこかで似た文章を読んだことがあるような……と言われれば、「誰のことでしょう、教えてください」ととぼけ、日記とその他のコンテンツとではイメージが違うと言われれば、「どう違うのでしょう、文体は同じだと思うんだけどな」と首をかしげる。
プロフィールを見れば、どこにでもいそうなふつうの女の子。メールを読み返してもおかしなところは見当たらない。それだけになおのことその悪びれのなさにぞっとした。
五年も前の話であるが、当時日記リンク集内でずいぶん話題になったので覚えている方もおられると思う。某有名日記書きさんの死亡騒動、あれも熱烈なファンによるものだったのだろうか。
ある日そのサイトに行くと、いつものページに「お知らせ」の文章が載っていた。書き手の友人を名乗る人物が書いたもので、読んでびっくり。書き手の急死を知らせる内容だったのだ。「よってこのサイトは閉鎖します」とあり、ログはすべて削除されていた。
数日前まで変わらぬ更新があったし、なによりご本人は二十代。本当に驚いたし、周囲には慌てて「問い合わせ先」と書かれていたところにメールを送ったという人もいた。
しかし結論を言うと、これは何者かによる悪質ないたずらだった。書き手が長期出張でしばらくアクセスできない状況にあるのを利用して、誰かがサイトを乗っ取ったのである。

ネットの片隅でひっそりと暮らしている私でさえ、「異常だ……」とつぶやかずにいられないような話をしばしば耳にしたり、現場に居合わせたりする。掲示板荒らしなど日常茶飯事だろう。
しかし私が本当に恐ろしいのは、彼、彼女は見るからにそういうことをしそうな顔をしているわけではないのであろうなと思われることである。
学生だったりサラリーマンだったりする彼らには友人や恋人がいるに違いない。部下を持ったり人の親をしていたりもするのだろう。そういう「ふつうの人」とされている人が悪ふざけや出来心という言葉では片づけられないようなことをするということに、私は戦慄する。
そうしてここに長くいればいるほど用心深くなっていく私は、「書く」においてふたつの決め事をしている。 (つづく