かねがね思っていたのだけれど、出産経験者というのはどうしてあんなに平然とコワイ話ができるのだろう。
少し前に友人と会ったときのこと。彼女が昨年初めて出産したときの話になった。安産だったというから、じゃあ陣痛もたいしたことなかったのかなと思ったら、それとこれとは話が別らしい。
「そりゃあもう、痛いの痛くないのって・・・」
それがかなりの痛さであることは、これまでにもいろいろな人から聞かされてきた。男性だったら正気でいられないだろう、なんてことも何度か耳にしたことがある。
しかしながら、ただ痛い痛いと言われても、未経験者にはその耐えがたさがどの程度のものなのかいまひとつわからない。もっと具体的に説明してほしい。例えば、「下剤が効いてトイレに駆け込むときよりは断然つらいけど、虫歯の治療中に神経に触られたときよりは全然マシ」という具合に。
そう注文をつけたところ、彼女はしばらく考えて言った。
「そうやなあ。下唇を思いっきり引っ張ってがばっと頭にかぶせるくらいの痛さかな」
・・・ギャーー!!
さて、あまりに気持ちの悪い例えをされ、悶えている私に「そろそろ二人目作ろうかと思ってるねん」と彼女が言った。
「こないだ生んだばっかりやのに、もう?」
「うん、産道が広がってるうちにと思って」
「・・・・・・?」
「あんな大きなものが出てくるわけやん。だから広がるわけよ。それが元に戻るのに三年かかるねんて」
さ、さ、三年!?
驚愕する私。が、彼女はこれでもかというように「だから湯船に浸かるとね・・・」とショッキングなことを畳み掛ける。
その話、ほかの人からも聞いたことがあるわと思ったら、つい下世話な想像をしてしまった。
「じゃ、じゃあ、そういう状態のときにセックスしたら・・・」
「○○○○やろね」 (か、書けません)
彼女はあっけらかんと言った。
が、そのあと、彼女が「ま、してないからわからんけど」とつづけたので、私は首を傾げた。
えっ、「してない」ってどういう意味?セックスのこと、じゃないよねえ?
「そうやで、生んでからまだ一回もしてないし」
「そ、そうなんっ?もう七カ月経ってるやん!」
すると、彼女はさも可笑しそうに言った。
「でもさあ、結婚したらそんなしょっちゅうしょっちゅうせえへんやんー」
これを聞いて私が驚いたのは、「夫婦はそんなにしょっちゅうはしない」に異論があったから、ではない。
セックスの中身は赤裸々に語る人でも、頻度についてとなるとぐっと口が重くなるものだ。「あんなことした、こんなことした」はぺらぺらしゃべるのに、「うちは月何回」は決して明かそうとしないのは面白い現象であるなあといつも思っていたのだが、彼女はそれをいともあっさりバラしたからである。
* * * * *
人が頻度について語らないのは、それにささやかなコンプレックスを抱いているからだろう、と私は踏んでいる。
世界最大手のコンドームメーカーのひとつである「デュレックス」が昨年十月に発表した「SEXに関する世界調査」二〇〇四年度版の結果によると、日本人の年間セックス回数は四十六回。回答者の既婚者と未婚者の割合がわからないため、これをそのまま日本の夫婦の実態とみなすことはできないけれど、このあたりなのには違いない。
さて、日本は調査に参加した四十一カ国の中で最もセックスをしない国なのだそうだが(世界平均は百三回)、私はそうと聞いて、日本人が少ないのではなく外国人が多いのではないのかな、という感想を持った。
「八日に一回」が二十代男女の結果なら意外に思っただろうが、若者から年配者までひっくるめてのものであるから、目を剥くほど少ない数字だとは思わない。日本人は忙しい、とくに男性は仕事で疲れ果てている。ま、そんなもんじゃないの?という印象である。回数で夫婦の円満度が測れるわけでもないのだし。
にもかかわらず、「少ないより多いほうが見映えがいい」ような気がするから不思議である。これはおそらく私だけではないと思う。
行為の内容については微に入り細に入りしゃべる人でも、頻度となるととたんに口をつぐんでしまうのはやはり、「少ないと“枯れてる人”みたいに思われるんじゃないか」という頭があり、かつ自分の回数を「多くない」と感じているためではないだろうか。
もしフランス人のように「二・五日に一回」レベルだったら、それはもっとフランクに語られているのではないかしら・・・。
とまあ今日は能天気な話を書きましたが、次回は同じ「夫婦生活」がテーマでも打って変わって、かなりシリアスな話です。