2004年12月29日(水) |
私が怖がりになった理由(前編) |
夫は休日に私を家に残して外出するとき、鍵をかけずに行ってしまうことが多い。
玄関まで見送れば私が内側からかけるが、そうでないときはずいぶん時間が経ってから気づくことがある。そのたび私は、
「最近の強盗は留守の家を選んで入るんと違う。人がおったら殺してしまえ、と思ってるんやで」
と言うのであるが、ほとんど利き目がない。
また、「外が暗くなったらカーテンを閉めて」ともつねづね言っているのであるが、これも叶えられたためしがない。
夫は出張が多いため、ウィークデーの私はほとんどひとり暮らしだ。しかも、わが家は一階である。家の間取りやどこになにが置いてあるといったことを他人に知られるのは非常に用心が悪い。
怖いから寝るときはドアに傘を立てかけておく、という話をしたこともあるのに、何度頼んでも鍵をかけずに出かけたりカーテンを閉め忘れたりするというのはどういう心の働きによるものなのか。考えると、腹が立つより悲しくなる。
それはさておき、私をこんな口うるさい妻にしたのは、ひとり暮らしをしていたときに経験したいくつかの出来事である。
以前、大学一回生のときに水回りが一切ない、家賃二千円の六畳一間のアパートに住んでいたという話をしたことがあるのだが、覚えておいでだろうか。
合格発表が遅かったため、部屋探しをはじめたときには家賃がべらぼうに高いマンションしか残っていなかった。そこへ従兄から「うちの会社の独身寮、空いてるよ」という情報が。じゃあ一年だけお世話になります、とお願いしたあと部屋を見に行ってびっくり仰天、そこは男子寮だった------という話だ。
十八歳のピチピチの女子大生が独身男性専用のアパートでひとり暮らしをしていて、なにも起こらないわけがない。欲望のるつぼとも言えるその場所で、私はオトナへの階段を上ったのである。
……というような展開になっていたら(日記としては)大変おもしろかったのであるが、実際には早朝に家を出る彼らと昼まで寝ている私が顔を合わせる機会はほとんどなかった。両親は夜に電話がつながらないとそれはもう気をもんだらしいが、娘は公衆トイレ並みのちゃちな鍵しかついていないオンボロアパートで、いたって平和に安全に暮らしていた。
私が不気味な思いをしたというのは、そこを出て二回生の春から三年間住んだマンションでのことなのだ。
入居申し込み開始日に夜中の三時から不動産屋の前に並び、私が手に入れた“夢の城”は大学から徒歩五分、築数年のきれいなワンルームマンションだった。
今度はもちろん水回りは完備であるが、一番うれしかったのはやはりこれ。
「トイレがあるー!!」
年頃の女の子としては部屋に台所や風呂、洗面所がないことも切なかったが、「トイレが共同」にはかなわない。しかも、「男子トイレ」だったのだから(男子寮に女子トイレがあるわけがない)。
「これからは好きなときに行けるのね……」
住人と鉢合わせしてはバツの悪い思いをしていた私は、“マイ・トイレ”に有頂天になった。
大家さんは同じ階の突き当たりの部屋にひとりで住んでいると聞いていたので、さっそくあいさつの品を持って訪ねる。
チャイムを鳴らすと少しだけドアが開き、スウェットを着た三十代後半と思しき男性と目が合った。
「三○六号室に越してきた○○です。今日からお世話になります」
が、あちらは私をじーっと見つめたままなにも言わない。間が持たず、渡すものを渡してさっさと退散しようと思ったそのとき、私は口から心臓が飛び出すくらい驚いた。なんと、チェーンのあいだからにゅーっと手が伸びてきたのである。
私はその十センチほどの隙間から石鹸の詰め合わせを渡し、部屋に飛んで帰った。
その年の冬、ドンドンドンと誰かに乱暴にドアを叩かれる音がし、夜中に目が覚めた。
人がバタバタと廊下を走り回っている。飛び起きてドアを開けると、避難訓練のときにしか聞いたことのないジリリリリという音と「火事ですよーっ、逃げてくださーい!」という男性の叫び声が聞こえた。
コートを引っ掛けて一階に下り、消防士さんが出たり入ったりするのをどきどきしながら見ていたら、住人のひとりが火元は大家さんの部屋で、以前にもボヤ騒ぎがあったと教えてくれた。
「誰かが自分のお金を奪いにくるっていう強迫観念を持ってるらしくて、前回は部屋でお札に火をつけたって話ですよ」
それを聞いて心に浮かんだのが、マンションにやたらと防犯カメラが設置されていることだった。玄関やコインランドリー、各階の廊下に二機ずつ。夏の夜、彼と屋上に上がって花火を眺めながらいちゃいちゃしていたら、小さな赤い光に気がついた。なんだろうと近づいてみるとカメラだったため、こんなところにまで!と驚いたっけ。
「うわあ、やっぱりヤバイ人やったんや」
その半年後。春休みで実家に帰省していた私は一週間ぶりにマンションに戻った。が、部屋に入った瞬間、首をかしげた。
いつもとなにかが違う気がしたのだ。もちろん、家具が移動していたとか壁の絵がなくなっていたというわけではない。
「あれえ、なんだろう……」
部屋をぐるりと見回す。やがて“間違い”に気づいた私は「うっそおー!」と声を上げた。 (後編につづく)
【あとがき】 後編を今日中にアップして今年の日記を締めくくりたい〜!と思っているのですが、かなりきわどいところです。明日から旅行、帰国後両方の実家をはしごする予定なので、その準備もしなくては。もし続きを来年に持ち越したら、「小町さん、ギブアップしちゃったんだなー」と笑って許してね。 |