隣家の新聞受けがいっぱいになっている。ここ数日子どもたちの声が聞こえないから、四連休でも取って一家でどこかに出かけているのかもしれない。
しかしなあ、これでは「わが家は留守にしています」と宣伝しているようなものだ。年末年始の休暇のときはちゃんと新聞を止めてね、と思わずつぶやく。
どうやら自分は人より用心深いらしい、ということに気づいたのはそれほど昔のことではない。以前、「寝るときはドアに傘を立てかけておく。外から開けられたら、倒れて音がするでしょ」と言ったら友人にずいぶん驚かれたのだけれど、人がたいして気に留めないような事柄にも危なっかしさを感じることがままあるのだ。
たとえば、仕事帰りに携帯電話で話をしながら歩いている女性をよく見かけるが、これなど私にとっては無防備の極みである。
実家に住んでいた頃の話。夕食を終えリビングでテレビを見ていたら、チャイムが鳴った。時間からして妹だろうと思ったが、ピンポンピンポンとやけにしつこく鳴らされたこと、めずらしく犬が表で吠えていることを不審に思った父が出て行くと、門扉の前で妹がへたり込んでいた。
家の前まで来たところで後ろから誰かに口をふさがれ「騒いだら殺す」と言われた、無我夢中で門にしがみつきチャイムに手を伸ばした、と泣きながら言った。ウォークマンで音楽を聴きながら歩いていたため、人の気配にまったく気づかなかったのだ。
以来、私は夜道では耳を背中につけ、背後の靴音を聞きながら歩くようにしている。
ファッション誌を見ていて、怖いもの知らずだなあと思うこともときどきある。「お嬢様のおしゃれ拝見」なるページで、いかにも高価そうな洋服に身を包んだ若い女性が、
「大学の入学祝いにパパに買ってもらったベンツCL600が私の愛車。ドライビングシューズはもちろんエルメス」
「カルティエのジュエリーラインがお気に入り。だけど一点モノにも憧れるから、カスタムオーダーすることもしばしばです」
なんて無邪気に語っているのであるが、誌面には「芦屋市在住のオカネモチコさん。リッチ女子大学三回生」と明記されている。「愛犬シナモン(ミニチュアダックス)と近所の○○公園を散歩するのが日課です」なんて載せて大丈夫なんだろうか、と縁起でもないことを考えずにいられない私だ。
とはいえ、彼女たちはリスクを承知の上で出ているので、「勇気あるなあ」で済ませることができる。私がうーむと考えてしまうのは、誰が目にするとも知れない場所で小さな子どもの顔が公開されているのを見たときだ。
以前、育児日記系のブログに「昨日ここに子どもがお風呂に入っている写真を載せたら、『どんな人間が見ているかわからないから、気をつけたほうがいい』と読者の方から忠告された」という内容のことが書かれていたのであるが、それにこんなコメントがついていた。
「実際に経験があります。親バカのつもりで同様の写真を載せたところ急激にアクセスが増え、おかしいと思って調べたら、2ちゃんねるのロリコンスレにリンクを張られていました」
新聞やタウン誌にはわが子の写真を投稿するコーナーもあるが、こういう話を聞くと自分や家族の情報を加工なしで公衆にさらすことの怖さをつくづく思う。
日記サイトでの公開ならば、なおのこと。家族構成や生活リズムは一週間も読めば掴めるし、過去ログをその気で漁ればどのあたりに住んでいるかわかる場合も少なくないであろう。その上、サイトに置かれた画像は誰でも簡単にコピーすることができるのである。
「そんなこと言ってちゃなにもできないよ」とおっしゃる向きもあろう。
たしかに、なにかの媒体に子どもの写真を掲載したことでトラブルに巻き込まれる可能性は現状ではそう高くはなさそうだ。
しかし、話が前回のテキストのつづきのようになってしまうけれど、そのパーセンテージは通学路で子どもが危険な目に遭う確率と変わらないのでは、と思う。もし登下校時に名札を外させたり防犯ブザーを持たせたりする親がサイトに子どもの顔をアップしているとしたら、矛盾しているなあという感があるのは否めない。
数ヶ月前、最近の幼稚園や小学校のサイトは生徒の顔にぼかしを入れたり後ろ姿のものを使ったりして個人を特定できないようにしているものが多い、という内容の新聞記事を読んだことを思い出す。
それには「『異様だ』という声も挙がっている」とあったが、私は生徒側にサイトに掲載されることによるメリットが存在しないのであれば「無難」を選択するのが賢明だろう、と思ったクチだ。
ここまでに書いたようなことは過剰な心配なのかもしれない、とも思う。実際、その大半は杞憂に終わるのだ。
私がそういうことに人一倍慎重なのは性格というより、長くひとり暮らしをしているあいだに何度か気持ちの悪い思いをしたことがあるのが多分に影響しているのだと思う。
それについては次回。
※参照過去ログ 2004年12月24日付 「もう、無料ではない(後編)」
【あとがき】 私は十年間ひとり暮らしをしましたが、その中でも忘れがたい家があります。大学時代に三年間住んだワンルームマンションですが、不気味な思い出がいろいろできました。正月が近づくとよみがえる記憶があるので、次回書きたいと思います。 |