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2004年09月03日(金) 「ある日記」とする理由

少し前の話だ。ひさしぶりにメッセンジャーを立ち上げたら、ある女性日記書きさんが声をかけてくれた。
「実は、すっごく嫌なことがあったんですよ」
なんでも、彼女が書いたある日のテキストに言及している日記を見つけたのだが、内容がとても感じの悪いものだった。反論のみならず彼女の人間性を否定するような言葉まであったため、実に不愉快な気分になったということであった。
「で、その書き手とは話したの?」
「いいえ」
「そっかあ、文中リンクの連絡もなかったんだ」
「いえ、リンクはされてないんですよ」
「え?」
さらに詳しく聞いてみると、名指しで書かれたのではないとのこと。日記名は明記されておらず、自分の文章が引用されていたわけでもない。しかし、あれはぜったいに私のことだと思うと彼女は言った。
私はその日記を読んでいないので、「うん、たしかにあなたのことだろうね」なのか、「思い過ごしじゃないかなあ」なのかはわからない。が、リンクが張られていなかったと聞いて、それを確かめる意味はあまりなさそうだと思った。なぜなら、どちらであっても私が掛ける言葉は同じだから。
日記書きのモチベーションがすっかり下がってしまったという彼女に問う。
「この件で、いったいなにを思い悩むことがあるの?」

該当日記へのリンクを張っておくというのは、書き手の読み手に対するもっとも親切、かつ誠実な対応である。
批判や悪口、噂といった類の話を聞けば、人はつい「どの日記のことだろう?」と好奇心を抱くものだ。「こちらをご覧ください」と案内しておけばそれに答えることになるし、自分も概要を説明する手間を省くことができる。
にもかかわらず、リンクを張らず、「ある日記」とぼかしてあれこれ書く人は少なくない。なぜか。多くの場合、その最大の理由は自信がないからではないかと推測する。
むかむかいらいらして、なにか言わずにいられない。そこで思ったことを書いてみたが、論がいまひとつ正当性や説得力に欠けることを自覚している。われながら「揚げ足取りっぽいな」と思わないでもない。本人が目にする可能性があることは承知している。むしろ読まれることを期待しているのだけれど、読んでちょうだいと先方にアピールするほどの度胸はない----こんなところではないのだろうか。
加えて、批判的な内容でリンクを張るとき、それが「諸刃の剣」となることを書き手が知っている、ということもあるだろう。
「ある日記にこんなことが書いてあった。どうかと思う」という日記Bについての否定的な文章が、日記Aに書いてあるとする。このとき、生まれて初めて見た“動くもの”を親だと思い込むヒナ鳥のように、Aの言い分を丸呑みしてしまう読み手は、私が思うに少なくない。
しかし、両方を読み比べて客観的に自分の判断を下すことのできる人もいくらかは存在する。Aに書かれてあることの根拠が貧弱だった場合、
「Bを読んでみたけど、ムキになるほどのことかしら」
「こんなに感情的になって、Aさんって意外とおとなげないね」
と、逆にその書き手が評判を落とさないともかぎらないのだ。
読み手が原文を読むことがなければ、そのような事態はまぬがれる。自分の書いたものを心許なく思っているときは、対象を特定されぬ程度にぼかして書いたほうがリスクが少ないのだ。

人間ってお人好しだなあとつくづく思う。
そこに好意的なことが書いてあったら、これは自分のことでは?が頭をよぎっても、すぐに「いやいや、調子に乗るんじゃない」と考えを打ち消すのに、否定的なことが書いてあると、「私のことに違いない」と思い込もうとする。どうせなら、すべて自分のことだと思うことにするか思わないことにするかのどちらかに統一すればよいのに、好き好んで喜べない方向に思考を持っていこうとするんだもの。
「これはあなたのことだ」と言われたわけでもないのに先回りしてくよくよするなんて、ましてや日記書きのモチベーションを下げるなんてありえない。私なら、たとえ“ご指名”であっても誰かの言ったことに腹を立てたり落ち込んだりする暇があったら、明日アップする文章の推敲をする。
むやみに傷ついたり動じたりせずにいられる図太さ、したたかさは、自分が自分の文章に納得することからしか生まれないし、育たないのだ。

【あとがき】
そういえば、私が誰かの日記に反応して書いたことはほとんどないですね。覚えているかぎり、この四年のあいだで一回しかないです。そのときはある日記書きさんがいろいろな食べ物の食し方のこだわりについて書いておられて、それがとてもおもしろかったので、私は「Part.2」を名乗り、同じテーマで書いたのでした(そしたら、それを読んだまた別の人が「Part.3」を書いてくれて、うれしかったのでした)。でも知っての通り、私は作家のエッセイや新聞の投書について書くのが好きなんです。