2004年08月23日(月) |
「据え膳」を食わぬ理由 |
週末、旅行のお土産を持って実家に帰った。リンツのチョコレートを口に運びながら、思い出したように「そうそう、一週間くらい前にね」と母。
「広告代理店の人が来てね、うちの前で○○のテレビコマーシャルを撮りたいって。で、そのとき二階の角の部屋に明かりが欲しいから、撮影日に照明とか機材とか入れさせてもらえませんかって」
ええっと声をあげる私。○○といえば知らぬ人はいない有名企業ではないか。そのコマーシャルの背景にわが家が使われるなんてすごい!しかも、二階の角部屋といえば私の部屋なのである。
やだあ、じゃあ撮影の日は私、立ち会っちゃおうかな。なんだったら「通行人A」をしてもいいわよ。
「それがね、撮影は準備とかあれこれで半日かかるって言うのね。そのあいだ家の中を知らない人にうろうろされるの嫌だから、断ったよ」
えー、そんなあ。結局、話は近所の別の家にいき、来月そこで撮影が行われることになったらしい。
が、まあしかたないか。電話回線の工事、火災報知器の点検、電化製品の配達、引越しの見積り。どんな理由があろうと、女がひとりでいるときに見ず知らずの男性に家に上がられるのは気持ちのよいものではない。
しかしながら、世間にはいろいろな女性がいるらしい。
電車の中吊り広告に「奥サン、僕らを惑わせないで!」というコピーを見つけた。客の家を訪ねたら、欲求不満の人妻に誘惑されて……という引越しや宅配便の業者の体験談を載せた、週刊誌の記事の見出しである。
バカバカしい、そんなことがあるかいなと一笑に付していたところ、職場の同僚から驚くべき証言を得た。三十過ぎで派遣社員をしている彼は、以前エアコンのクリーニングで方々の家庭を訪問していたことがあり、何度か“そういう目”に遭ったことがあるというのである。
「そういうときはチャイムを押してドアが開いた瞬間になんとなくわかりますね」
「へえ、いかにも好きモノって感じ?」
「いえ、ふつうの女の人ですけど、ノーブラなんです」
夏の暑い最中のこととて、彼は汗だくになって作業をする。いとまをするときに麦茶を出したり缶ジュースを持たせたりしてくれる家は少なくないが、「シャワーお使いになって」と言われることはそうはない。ニップルが浮き出たTシャツ姿の奥さんにタオルを差し出されたら、どんなに鈍感な男性でもピンとくる。
「で、あなたどうするの?」
「もちろん、次がありますからって言って帰りますよ」
「なあんだ、そうなの」
「当たり前じゃないですか。だって怖いですよ、そういう人ってなに考えてんのかわかんなくて。あとで会社にばらされないともかぎらないし、そういうシチュエーションではちょっと無理ですね」
まあ、たしかにそうだ。ドアを開けたときからノーブラということは、奥さんは訪ねてきた作業員が若くてかっこよかったからついその気になってしまった……ではなく、どんな男性でもかまわなかったわけだ。そんな女性の「据え膳」を食ってしまったら、後々どんな厄介に巻き込まれるかわからない。「美人局」なんて言葉があたまをよぎるし、映画『危険な情事』のようなことにならないとも言えない。
「でも車に乗ってから、惜しいことしたかなとか思いますけどね」
彼はまんざらでもなさそうに、フフフと笑った。
うちのマンションのポストには女性を対象にした「出張マッサージ」のチラシがしばしば投げ込まれる。
それを目にするたび、こんなファミリータイプのマンションに投函しても無駄なんじゃないのと思っていたのであるが、一向に止まないということは意味がないということでもないのだろう。
いつ子どもが帰ってこないとも隣家に声が漏れ聞こえないとも知れない自宅でそういうことをして、はたして没頭できるんだろうかと妙な心配をしてしまう私であるが、日常の中で非日常をするのがいかにも“禁断”という感じで興奮するのだと言われたら、わからないではない。
ところで、このテのチラシの中にときどき見つける「一級性感マッサージ師免許所持」という謳い文句。いったいどこでそんな資格が取れるのだろうか。
【あとがき】 そういえば、ファミリータイプのマンションだからかうちのポストに投げ込まれるのは、男性向けより女性(主婦)向けのチラシが多いです。そりゃそうか、男性向けのを放り込んだところでポストを開けるのはたいてい奥さん。ごみ箱に投げ入れられるのがオチだもんね。 |