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- 2005年10月04日(火) ∨前の日記--∧次の日記
- 創作短編『わすれ薬』 [3 服用室]〜[4 再会]

注…【1】〜【2】をお読みでない方は、まずそちらからどうぞ。

10月3日
『わすれ薬』 [1 電話]・[2 来訪]



《前回【1】と【2】のあらすじ》
服用すると望みの記憶だけを忘れられるという『わすれ薬』の存在を
ネットで見つけたタカシナ・ミキ。『わすれ薬』を処方するサエグサという
男の家へ訪れた彼女は、「今の彼の記憶を忘れたい」とだけ告げた。
対象記憶の情報を得るためのカウンセリングもなしに、サエグサは
彼女に薬を処方することを決めて、薬の服用室へと案内した。





***************







【3】 「 服用室 」







深みのある木のフローリング、というよりは「板張り」の廊下を進むと、
突き当たりに「服用室」はあった。ドアを開けると10畳程の空間が広がっている。
部屋は薄暗く、青白く立ちこめた光が部屋をゆらぐように包んでいた。


部屋へ入ると同時に、サエグサが云った。


「タカシナさん。くれぐれも申し上げますが、服用前には明確にその記憶を
思い出してください。彼に関する記憶の全てで無くてもいいですが、感情の襞(ひだ)に
最も深く刻まれている記憶を思い出してほしいのです。できますか?」


「思い出せなかったらどうなるのよ?消せないってこと?」


「思い出せないなら、この薬をつかってまで消す記憶ではないってことですよ。」


「どういう意味?」


「薬に頼らず、自分で克服できるレベルだということです。そういう方に無理に
この薬は処方しません。そもそも思い出せない記憶が、今の自分を妨げる訳がない。」


「…そうね。でも、そんなに具体的に思い出さなきゃダメかしら。
これを通じて、アンタが探してくれるんじゃないの?」



彼女は、テーブルの上に置かれている黒い物を見ながら訊いた。そこには、
4本のコードに繋がれているヘッドバンドが、几帳面に向きを正して置かれていた。


「確実に『忘れたい記憶』だけを消すためです。はっきりと思い出していただければ
こちらでも誘導できます。いいですね?」


サエグサは眼鏡を指で押し上げながら、念を押すように彼女を見据えた。


「…分かったわ」






「それでは、テーブルの向こう側へどうぞ、そこの背もたれのあるクッションに
お座りください。リラックスしてくださいね。それから、目の前にあるヘッドバンドを
頭に巻いてください。印があるので位置を確認してください。」

「できたわよ」



彼女の頭から4本のコードがのびて、隣の部屋へと這っている。



「このヘッドバンド、そしてこの室内全体で、あなたの脳を監視します。巨大な
CTスキャンの中にいると思ってください。この設備であなたの脳、特に記憶を司る
『海馬』と呼ばれる部分を監視します。監視するといっても、タカシナさんが
考えていることが、すべて私に筒抜けという事はありませんが、内容は漠然と
把握することはできます。しかし、よほど強い想いでないと具体的には感知出来ません。
だから、強く思ってくださいと云っているのは、そういう理由です。」



彼女は黙って頷いた。少し緊張を抱いたのか、額がうっすらと光っている。
サエグサは銀のケースから、瑠璃色に光る2粒の錠剤を取り出すと、
手のひらに乗せて、彼女の前へ差し出した。



「では、これがその錠剤です。2錠ございます。
記憶を集中出来たら、一気に飲んでください。あなたのタイミングで
服用していただいて結構です。いいですねタカシナさん?」



「わかったわ」


「それでは、私はこの部屋を出て、隣の部屋にいます。何かありましたら、
テーブルの下のボタンを押してください。すぐに伺います」


「分かったから、早く始めようよ」







説明している間、サエグサは考えていた。服用室に案内する前に感じた
あの「引っかかり感」は何だろうか?、目の前にいる、あたかも
死に急ごうとしているかのようなこの彼女と、どっかで逢った事があるのか?
サエグサは去り際に一度振り向き、彼女に訊いてみた。


「タカシナさん、以前どこかでお会いした事がありますかね?」


「何よ急に、アンタなんて知らないわよ、やめてよキモイ、早く出てってよ!」


彼女は怪訝そうな顔をして、サエグサに云い放った。


「大変失礼しました。では始めます。リラックスして」




サエグサは慌てて答えた。
眼鏡を指で上げながら足早に部屋を出て、
ゆっくりと扉を閉めた。








**********************************






【4】 「 再会 」







隣室へ入ってからというもの、サエグサは考え込んでいた。


『あの反応は、間違いなく会った事がないという感じだな…、
ひょっとして私の記憶がおかしいのか…』


サエグサは苦笑いをした。
モニターに映る彼女を見つめていた。さっきからずっと、
手の中の錠剤を見つめたまま微動だに動かなかった。


モニターの隣に脳波計が置かれていて、その隣にモニターがもう一台あった。
そこには、色彩や文字や具象画像の断片が集まってごちゃ混ぜになったような映像が、
まるで画面の中で蠢く(うごめく)ように、カタチにならない像を映し出している。


サエグサはモニターを見ながら煙草に灯を点けた。
頭のどこかにチリチリした感覚を感じていた。気になる程ではないこの感覚を、
今、タネ明かししておかないといけない気がする…サエグサはそう感じた。



煙草をもつ手が、微かに震える。







*********************







ミキはじっと手のひらにある2つの粒を見ていた。
群青色にゆらぐ室内の僅かな光が、瑠璃色の楕円形に鈍い光沢を与えている。
背もたれのあるクッションの上に彼女は座っていた。手前の木テーブルの上に
瑠璃色の2つの粒を置いた時、ふと向こう側に毛布らしきものがあるのに気がついた。
2〜3枚あるのだろうか?、薄暗くて確かめられないが、こんもりとした塊になって
毛布が床の上に積まれていた。おそらく仮眠用の毛布だろうとミキは思った。


10畳程の空間に彼女はいた。左側の壁には、天井から床まである細長い窓が
3枚嵌め込まれていて、そこから3列の青白い帯が弱々しく床へと這っていた。
天井の照明は消えたままである。照明は室内の4隅と天井にあったが、
隅にある4つの照明は青くおぼろげな光を放つのみで、その光は、照明というよりも
「青いロウソク」に近い。その灯は、ゆらぎながら時折フゥ〜ッと消える。
4基それぞれがバラバラに消えるので、室内を青い光がゆらめくように見える。
『ここはまるで薄暗い水槽の中みたいだわ…』と彼女は思った。


床は古い木のフローリングであった。青いフィルターがかかった視界でも、
使い込まれた深みのある風合いが感じられた。床を辿って「三列の帯」を通り過ぎる。
床の突き当たりまで目をやった時、彼女は気づいた。
正面の壁には大きなスクリーンのような幕が天井から下がっていたのだ。


『何のため? 何か映し出されるの?』


あわてて彼女は後を振り返った。しかし、後にあるのは古いサイドボードと
その上に置かれた花瓶だけである。映写機らしきものも無く、
青白い壁面には穴一つ見当たらない。天井も床も同様である。


室内のあちこちに目を這わせているうちに、彼女はスクリーンの事などどうでも
よくなってきた。あれほど緊張していた神経が、群青色に波打つ室内の光に遊ばれて、
わずかな酩酊感を帯びてくる。しかし眠気は無く、どこまでも意識は鮮明であった。
今の自分に起こっている感覚を、冷静に分析する別の意識が覚醒している。


『何時だっけ?、私がここに着いたのは、確か…』


静まった未明のような空気感が立ちこめてくる。次第に時間の感覚が彼女から逃げていった。
時刻も場所も、義務も責任も約束も、日常で彼女を縛るものの感覚が消えていく。
彼女は、自分の意識が、自分の中のある1点へ収束されていくような気がした。





*******************





モニター内を這うグラフと隣の画面に映し出される模様を、
サエグサは無言で見ていた。再びモニターに映るの彼女を観察する。

『彼女は、アレを飲めるのだろうか?まだ分からないな…。
とにかく「臨界点」までには判断しないと…。』




*******************





(あたし、コレを飲むべきだろうか…。別に飲まなくても平気だよね…)



2つの粒を再び手に取った。

彼女は背もたれに身体を預けて宙を眺める。














(何かこの空間、この雰囲気、昔見たことある…、デジャヴ?)





3枚の窓から差し込む光が、心なしか明るくなった気がした。
夜が明ける、と彼女は思った。朝の冷気が立ちこめてきて肌寒く感じる。
ミキは薬をテーブルに置き、向こう側にある毛布を取ろうと目をやったその時、

『ごそっ』と、毛布が動いた。



誰かが毛布に包まっている。



毛布を開けて半身だけ起き上がり、男は云った。









『ん?、ミキ?、お前ずっと起きてたの?』








ミキは心臓が止まりそうになる自分を冷静に意識しながらも、

驚くほどに、昔と同じような穏やかさで、






彼に呼びかけていた。









『ユージ…』











*****************






次回
10月6日掲載  【 5 ユージ 】・【 6 記憶 】・【 7 服用 】
へつづく



051004
taichi



※この日記のURLはこちら。
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