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- 2004年10月24日(日)
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- 犬エッセイ《ダックス・イン・ザ・パーク》―2―「奇襲」
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ダックス・イン・ザ・パーク DACHS IN THE PARK
ハラタイチ 書き下ろしロングエッセイ―その2―
別名「犬バカ日誌2」。
2
(1を読んでいない方へ。 注…「お嬢」=「彼の愛犬であるメスのミニチュアダックス」)
公園の杜が見えてきた。空色を葉先のエッジで切り取っている。 道路の左端の路肩スペースには、所狭しと路駐車が数珠繋ぎにひしめき合っていた。
何とか空きスペースを見つけて駐車した彼は、車内でお嬢に首輪とリードを付けた。 首輪とリードはとりあえず散歩用に間に合わせで買ったものである。 その時彼の頭に過ったのは、以前もう一匹のオス犬に初めて首輪を付けようとした時のことだった。 オス犬は、嫌々をして首輪を噛んだり、首輪に顎を入れて必死に取ろうともがいていたのである。 だが、心配は杞憂に終わった・・・やはりお嬢は違った。大女優であった。 まるで控え室で付け人に衣装を整えさせている大御所の如く、全く微動だにせず堂々と待ちながら、 彼に首輪を「付けさせて」いた。その時の彼はまるで、お嬢の「付け人」にしか見えなかった。 付けている間、「手際良くさっさとやりなさい」という声が聞こえたと彼は云っている。
首輪を付け…いや、アクセサリーをお召しになったお嬢様を腕に抱えながら彼は車外へと出た。 通りの向こうにこんもりと見える青枯れた樹々や、目の前の歩道の植え込みには、 一昨日までの長雨が染み込んでいるらしく、ほのかに青く湿った薫りが彼の鼻腔をくすぐっていた。
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お嬢を地面に下ろす時が来た。地面はすっかり乾いているのでお嬢に不満は無いはずだ。 アスファルトの歩道にお嬢をそっと下ろすと、お嬢は四肢を踏んばって身体全体を振るわせた。 そして、そろりそろりと警戒しながら足を運び始め、その様子を見ながら彼も歩き出す…。
しかし、いきなりリードがピンと伸びる。(おいっ!) 彼が振り返ると、お嬢が後ずさり気味のフセ状態で嫌々している。(あーいきなりそれかよー) 街中で散歩中の他の犬を見てると、時々出くわすシーンであった。 疲れたのか、そもそも歩きたくないのか、明らかにそれと分かる「拒否」ポーズで 飼い主に「嫌っ、歩かない!」と意思表示する時がある。お嬢はいきなりそれを出した。 彼はふと「ひょっとして散歩出来ない犬なのかも…」と不安に思ったが、一瞬の杞憂であった。 リードが緩ませると、お嬢は反対方向へスタスタと歩き出して、植込の葉をくんくんと嗅いでいた。 そして気が済むと足元へスタスタと戻って来て、彼が歩き出すと一緒に再び足を運び始めたのだ。 (何だったんだ?、まー犬ってそういうもんだよな)
思いの外、従順に歩いていた。まるで江戸や明治の妻のように、飼主から一歩下がった位置を キープしつつ静々と歩いていた。特に前に出ようともせず、慎ましやかな女を演じ切っている。 彼は感心した。そして褒めようと思って振り返ったその時、またしてもリードが真っ直ぐに伸びた。 後ろを見ると、先程と同様に四肢を前に突っ張って座り込んでいる。(何なんだよお前は!) 再びリードを緩めると、今度は電信柱にスタスタと近付き、犬だけにしか分からない何かを チェックしたかったらしく、終えるとすぐに戻って来て、しんなりとお座りして待っている。 彼は苦笑いした。これがお嬢の「甘えとわがままと気まぐれの両極性格」なのである。 そして再び彼の後を素直についていく。ん〜女心と秋の空とは犬にもいえるのか、と彼は思った。
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公園へ行く前に、通り沿いに軒を構えるペットカフェに寄ってみる事にした。 しかし、彼はさっきから妙に周囲の視線を感じる事に気がついた。 周りを見ると、通りを行き交うカップル、通り沿いの店の主人、バス停で待っている高校生、 皆が必ず、彼の足元の少し後ろあたりに視線を十秒ぐらい固定して、お嬢を見ているのだ。 微かに(あの仔ちいさ〜い、あるいてるよ〜、かわいい〜)などと聞こえてくる。 まあその程度は、仔犬を連れていればよくある光景なのであるが…。
そのペットカフェは、前に一度だけブラックタンのオス犬と立ち寄った事のある小さな構えの店で、 自然な色合いの木をベースにしたシンプルで清潔感のある造りだった。入る前に中を覗くと、 こじんまりとした明るい店内に、床と同色のテーブルとチェアが置かれたカフェスペースと、 クールでラブリーなペットグッズが陳列された棚のスペースがある。カフェテーブルとチェアの脇には、 飼い主がペットと一緒に店内に入れるように、リードを引っ掛けておけるフックが壁に設けられていた。 カフェスペースには犬を連れた先客の女性が二人、カウンター内に店員らしきお姉さんが二人、そして 店長と思われるお兄さんがいた。カウンター下にはお店の犬と思われるワイヤーダックスが寝ていて、 カウンター上に小さなシーズー、それと先客の二人が連れているダックス二匹で、犬は計四匹いた。 犬はリードに繋がれてゆったりと寝そべっていて、店員とお客が和やかに談笑をしていた。
「いらっしゃいませ〜」 まず彼が店内へと入っていく。緩やかな時間が流れる空間を感じて、一瞬で落ち着いた気分になる。 彼の後を次いで、そのほのぼの空間にお嬢が奇襲をかけた。
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入るや否や一斉に「わ〜小さぁ〜い」と歓声が上がるのを余所に、お嬢は超低い姿勢でスタンバイ。 ターゲットに狙いを定めた次の瞬間、4匹の犬の懐へ矢継ぎ早に飛び込み己の名刺を切りまくった。 お嬢の三〜四倍ある他の犬は、電撃速攻を仕掛けるお嬢の速さに反応できず、勢いに尻込みしている。 その光景に彼は、伸び切るリードを握りしめながら、唖然として立ち尽くていた。(何だこいつ…) そしてそれは、どこかで見た事のある光景だと彼は思った。それは…、
まるで全盛期のヤワラちゃんだった。 あの伝家の宝刀一本背負いを仕掛けにく時の、懐へ飛び込む速さを彷佛させた。 もしくは、NBAの田臥勇太のようだ。 黒人巨漢ディフェンスの間をカットインするスピードに匹敵していたといっても過言ではない。 いや、マガジン連載の「はじめの一歩」の幕之内だ。 アウトボクサーの懐へ、インファイトを仕掛けに行く時の踏み込み速度を超えてたかもしれない。 そうじゃなくて、これはまさに真珠湾の再来だ。 小さな零戦が、米軍巨大空母の死角へ突っ込っていく神風特攻を思い出させるではないか。
その時、彼の脳裏に浮かんだ言葉はまさに、『柔よく剛を制す』であった。
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小さな一匹の突入によって、こじんまりとした店内の緩やかでほのぼのとした空気は、 一瞬にして歓声と鳴き声とが交錯して蜂の巣を突いた騒ぎとなった。 お嬢は、鼠のような尻尾を千切れる程に振っていた。 燃えている、お嬢が燃えている、と彼は思った。
一匹にコンマ一秒ずつの挨拶を、マシンガンのように何ターンも繰り返していたので、 彼はお嬢に気付かれぬように背後から軽く頭を小突いてやると、お嬢は我に返って背後の彼を見た。 即座に「お前か?叩いたのは?」的ビームを眼から放つ大変可愛らしいお嬢サマであった。
(3へつづく)
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