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(旅シリーズ、その5)
いまやメジャー登竜門として全国的注目を集める 沖縄ロック・夏の最大イベント ピースフルラブ ロックフェスティバル
この前の旅行の最中に行ってきました。
7月1~2日、沖縄・慶良間・阿嘉島。7月3~4日、沖縄・慶良間・座間味島。 離島での海モード4日間を終え、5日の午前に慶良間から沖縄本島・那覇へ戻り、 港からバスで1時間半かけてコザ(沖縄市)へ。 宿へ荷物を置いてすぐに会場の沖縄市運動公園野外ステージへ向かう。
ところで、 ピースフルラブ・ロックフェスティバルって何?っていう人は、 手っ取り早くまず下記へアクセス。
初日の状況を伝える琉球新報の記事
主催のサウンドパッケージ(ブロードバンド限定らしい)。
開催は2日間。
1日目・7月5日(土)は、若手インディバンド~全国区のメジャーバンドが出演。 2日目・7月6日(日)は、沖縄ロックを支えてきた味のあるベテランバンド中心。
俺らは観たのは5日のみ。
まずはビッグネーム下記3バンドの模様から。
モンゴル800 昨年発売した「MESSAGE」が大ブレイクし、昨年度売上は宇多田に次ぐ2位。 なんといっても、俺が昨年から沖縄ロックに惹かれるきっかけとなったバンド。 うれしかったのが新曲4曲も聞けたっつーこと!全然次の情報が無かったんでよかったー。 準備してるぞ新しいアルバム!超期待!
ロード・オブ・メジャー 昨年夏メジャーデビュー。シングル「大切なもの」が超ロングブレイク!こちらも新曲披露。
FLOW ちょうど今、新曲「ブラスター」でメジャーデビューしたばかり。 アップテンポが多かったけど良かったよ。帰京してからCD買ってしまった。
あと印象にのこったあたりは、
オレンジレンジ こちらもメジャーデビューしたて!いかにもヤンチャそーな面の沖縄出身10代6人のバンド。 まーヤンチャそーな女の子には、ウケるのではないかと。
耳切坊主 メジャーデビューはしてないが、インディランキング上位常連の人気バンド。 今回初めて聞いて、帰京してからCD探しているが、まだ見つからず・・・。
零戦 圧倒された・・・の一言。ジャンル的にはカルトメタル的な絶叫系。 CD買って音だけ楽しむのは俺的にありえ無い。これはライブで「体験」しなければ駄目。 どこから声出してんだ?と唖然としてしまう、色白で細身のボーカルのパフォーマンスが見物。
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炎天下スタンド!
酸欠のアリーナ!
とにかくですね、 夏真っ只中の沖縄の、真っ昼間13時から、 野外ステージでの開催なだけにですね、
暑いのなんのって・・・。
島で散々いじめてきた赤い肌に、 陽が痛いんですよ、刺すんですよ。
そんな中、タオルかぶりつつスタンドにて観戦。 上記の大御所どころが出てき始めた後半にアリーナへと降りたわけです。
さすがに涼しくはなったのですが、 そのかわり、アリーナは無間地獄の密集酸欠状態。 特にR.O.M.、FLOW、MONGOL800あたりがステージの時には 密集スーパーハイの危険状態。
野郎どもが色んなとこから音に合わせて 横から飛んでくる、上から降ってくる。
そんな中、当たるもの皆突き飛ばしてやるといわんばかりに、 ジャンプしながら近づいてきたガキがいた。 ガツガツとあたり、かなりムカついたのだが、そこはまぁソフトに対応。
3? に な っ た ば か り の オ ト ナ で す の で・・・
あくまで「音に合わせて縦ノリしてますよ~」というマイルドな動きで、 あくまでそっと触れて、さりげなく気づかせてあげたら、 その少年は、ちょっとバランスをくずしてしまったらしく、 倒れてしまって人波の中に 見 え な く な っ て し ま い ま し た 。
ちなみに そんなこんなで酸欠しながら、撮影したのが、 一番最後のモンパチの写真です。
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「昨年から様相が一変した」。
2日間の2つの違う「ピースフル」。
「昨年から様相が一変した」。 総合プロデューサーとして長くフェスティバルを支えている サウンドパッケージの徳山義広さんは驚く。 沖縄のインディーズが全国的に火がついて若者であふれ返っているからだ。 MONGOL800、HY、オレンジレンジらの目を見張る活躍。 HYは北海道ツアーと重なり、今回出場はかなわなかったが、 磨けば光る「原石」を求めて会場ではスカウトの目が光る。
<沖縄タイムス/03年7月6日 朝刊 コラム【大弦小弦】一部抜粋>
地元の新聞等で、 長くこのロックフェスティバルを観てきた記者の記事を読むと、 第1回が開催された当時、このイベントは観客の大半が米兵であり、 彼らを相手に、沖縄人がロックを手段に己の魂をぶつける場所であったらしい。
1972年5月15日に沖縄が日本に返還されてから31年、 今年21回目のピースフルは、沖縄人のアイデンティティ再構築の歴史そのもの。
復帰したとはいえ、 未だ広大な「米領土」の存在を受け入れなければならない県、沖縄。 返還後、受け入れて共存の上での独自文化を作り上げてきたのは、 ひとえに沖縄人の平和的な暖かい県民性であるが故であろう。
しかし、受け入れなければいけなかったからこそ、 沖縄人は主張しつづけなければならなかった。 ウチナー文化という表現手段で。
エイサーであり沖縄民謡であり、琉球ロックなのである。 内地とは全く独自路線で自分たちのロックで戦ってきた沖縄。
当時のピースフルは、 そういう表現の場であったらしい。
しかしそれも、時代とともに変わっていった。 ここ2年、特に様相が一変したという。
まず米兵の数が全然少なくなり「米兵VS沖縄ロック」という構図は完全に消えた。 そして大きいのが、沖縄ロックそのものが全国区となったことである。 内地(本土)の方が沖縄を見るようになって、 米兵が相手でなく、金の卵を探しに来る内地の人間が相手となった。
まさに「全国のインディバンドにとってのメジャー登竜門」となり 全国から客を集めるようになった「ピースフル」。
これが、俺が観た、「初日のピースフルラブロックフェスティバル」である。 つまり、『昔と変わった』ピースフル。
これに対して、 俺は観なかったが、(観てみたかったと今少し思っているが・・・) 2日目のピースフル、それが『昔から変わらない』ピースフルなのではないか? 米兵相手に戦って、沖縄ロックの源流を築いてきたベテランバンドたちの、 沖縄の魂がこもった演奏・・・。
先日の日記で紹介した、この時の宿泊地「ごーやー荘」のマスターは、
『僕はあえて2日目の方に行きたいですね~』
と云ってたので、おそらくそういうことなのだろう。
「全国若手の登竜門」・・・変わりゆくピースフルと、 「琉球魂の表現舞台」・・・変わらないピースフル。
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せっかく全国に認められた沖縄ロックは、 どこへ行くのか? 商業主義化していくのか?
俺がモンパチファンになったのは、 この歌↓がきっかけだった。
わすれるな琉球の心、武力つかわず、自然を愛する、
すべての国よ、うわべだけの、つきあいやめて
去年の3月にJ-WAVEで、沖縄出身のジョン・カビラが絶賛しながら 己の番組「GOOD MORNING TOKIO」でかけていた 「琉球愛歌」。 他にも「小さな恋の歌」「あなたに」とか、いい曲いっぱいあるが・・・、
沖縄出身の人間が歌う、沖縄人でしか書けないこの歌詞の、この歌を、 沖縄の土地で、生で聞いて、本当に鳥肌が立った。 沖縄ロックの良さを再確認した思いであった。
ベテランだろうと、若手だろうと、インディだろうと、メジャーだろうと、 沖縄出身バンドには、琉球魂をずっと忘れないでほしい。 その他のバンドにも、この魂を汲み取ってほしい、と思った。
また、来年も行きます。

030728 t a i c h i
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AIR~the pulp essay~_ハラタイチ
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