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2006年09月06日(水) 手仕事

  随分前、何に必要というわけではないけれど、いつかそう思う日が来るかもしれないと考え、『平成職人絵伝』という本を購入した。数ページパラッとめくり、面白そうな本であることを確認しただけで、そのまま本棚のこやしになっている。
 平成になったばかりのころは、『手仕事』『手作り』という言葉に随分心を動かされたものだったけれども、このごろでは100円ショップの棚にある商品のタグにまで『てづくり』という言葉は無造作に使われるようになって、それらの商品は実際、アジアの名前も知らない町や村で手仕事で作られたものに違い無いのだけれど、むやみにつけられたタグやシールのおかげで、その『手のぬくもり』や『手から産まれた技』に無感動になってしまっている。

 話は変わるが、18年乗って来た愛車クレスタがいよいよ不調を訴え、新しい車に買い替えることになった。それに伴って実印が必要になり、生まれて初めて、手彫りの印鑑を作る事にした。といっても、巷でよく広告されている何十万もする印鑑セットなどとても買えないので、町のはんこやさんにでも行ってみようと、日曜朝でもシャッター街と化した商店街を最徐行。「はんこや」というわかりやすい看板を掲げた店をみつけて入ってみた。はんこやと思っていた店は、奥が時計屋になっていて、人当たりの良さそうな60代くらいの主人が一人で店番をしていた。なにせ、印鑑を作るのは初めてなので、何から話して良いものやら、ちょっと思案した挙げ句
「あのー、印鑑欲しいんですけど、運が良くなる印鑑ってどういうのですか?」
と尋ねてしまった。
「それはやはり、お使いになる方次第で」
と主人は少し笑いながら、書体の見本をウィンドウからすっと出して見せてくれた。はかなげな美しいものから無骨にさえ見えるもの。ひどく入り組んでいて読めないものなどさまざまで、それらはすべてこの主人の彫ったものらしかった。私の名前は画数が少ないので、押し出しの強い太い書体がいいでしょうと主人が言うので、それに決めて、数日後、できあがった印鑑をいただきにあがった。
  
 これだこれだと言って、主人の娘(といっても、もう50は過ぎるだろう)が出してくれた印鑑を入れた10センチ四方くらいに折られた小さな紙袋には、ぽんとひとつだけ私の印鑑が押してあった。彫ってくれた主人は留守だった。対面した印鑑の顔は、既製のものとはちがってわずかに個性を主張していたが、どことなくかわいらしくとても気に入った。手に手を渡ってきた、まさしく「手仕事」の一品だった。100円ショップの手づくりのかごも、アジアのどこかの村で、それを編んでいる人から直接手渡されたら、きっとたいそう感動できるんだろうなと、そんなことを考えたりしたのだけれど、そのうち、手渡されないと感動できないのは自分のイマジネーションが不足しているからだということに気付いて、苦笑いした。


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