格闘技を志す人は、一般人にその力を用いてはならない、
というのは、素晴らしい美意識ですよね。
ふつう、一番誇示したいトコでございましょ。
何か気に食わないことがあったら、その力を見せつけてボコボコにしたいでしょ。
そこを絶対に封印し、プロ同士の限られたフィールドでしかその最高の力は披露しない。
そんな掟を守る人たちって、どんだけカッコイイの! と思うわけです。
強くなるために日々努力していることは、もちろんその人の誇りになっているだろうけど、
この掟をあたりまえのこととして自分を律していることは、もっと誇りに思っていいのではと。
だからこそ、その誇りを自ら汚した場合はもう退け、と。
横綱・白鵬が「力士の手は刀だから、一般の人には絶対に手を挙げてはいけないと教わった」
とおっしゃってましたが、朝青龍だってそれはきっと教わったはずなのに。
でも、朝青龍の美意識は、刀を懐に大事に納めて大人な振る舞いをするということではなかったのだな。
どうだすごいだろー! と、ぶん回し続け、勢い余って斬っちゃった、みたいな。
土俵上でも土俵外でも、そして日本のみならず母国モンゴルでも、
自分の力と技、それで得た地位、つまりは日本での成功をひたすら誇示しつづけることが、
彼の美意識だったのでしょう。
自分はとにかく強いのだから、他のたいていのことは大目に観てもらえるという甘えもあったろうし。
っつーか実際、そういうふうに相撲協会から甘やかされてしまったみたいだし。
まだまだ優勝回数を伸ばせたのではないかと思うので、本当に残念。
白鵬が、朝青龍の引退を惜しんで涙していたのが印象的でした。
涙してくれる人がいるということを、やんちゃ三昧の自業自得男はいったいどう感じたのやら。
美輪さまが以前「強いだけでいいなら、ゴリラにまわしつけさせてりゃいい。
だけど横綱は強いだけでいいわけじゃないから」とおっしゃっていて、この最高のたとえに
大爆笑した記憶があります。(ゴリラに失礼かどうかはちょっと保留。)
力と技術が一流なら、やはり人間としての中身も素敵になってくれないとね。
街頭インタビューかなんかで「真面目な人ばかりじゃ相撲が面白くなくなる」
みたいなことおっしゃってる人がいましたが、
そんなこと心配せずとも、心技体をすべて極める人なんて、滅多に出てきませんから。
ほとんどの挑戦者は、どこかが足りず挫折してみたりひねくれてみたり。
無理して用意しなくても、ヒールは必ず現れるでしょう。
だからこそ、最高位につけるほんの一握りの人には、
最高の美意識を持った最高のオトコマエでいてほしいのです。
ビジュアルとか体型的な特殊さから見ても、触っておきたい縁起モノ的人間なんて、
美輪さまとお相撲さんくらいなものなんだからさ。(いえ決して美輪さまに失礼を申し上げようなどとは。)
がんばれよ力士!
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