せらび
c'est la vie
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みぃ


2006年06月04日(日) 湖畔へ小旅行・その三

最終日の朝、「従姉」はワタシがまだ居間の一角の寝床で寝巻きでいるうちから、つかつかとやって来てテレビを観始める。

この女は相変わらず、おはようなどの挨拶を一切しない。シリアルの箱に手を突っ込んで、ばりぼりと音を立てて齧っている。

シャワーを浴びに行きたいのだが、「ローファー」が殆ど全裸でベッドに横たわって大イビキをかいているのが、ドアの隙間から見える。その部屋を突っ切ったところにある風呂場に行くのは憚られるので、暫く待つ。

漸く「ローファー」が起き出して来たのでシャワーに行き、戻って来ると、ふたりは揃ってテレビを観ている。こんな自然の豊富な土地にやって来て何故テレビ?と思いつつ、見ない振りをして身支度を済ませ、デッキに出て外を眺める。

何種類いるのか分からない程の鳥の鳴き声がする。そのうちボオイフレンド氏が起きて来て、今のは野生の七面鳥の鳴き声だったよとか、鶉があっちの方へ向かって行ったねとか言う。どちらも食べるのは好きだが、生きているやつに会う事は余り無いので、ワタシは俄かに興奮する。


以前鶉を仕留めた時、うちのイヌに、さあ行って取って来い!と言ったら、直ぐに走って行ったのだけど、そのまま鶉をどこかに隠してしまって戻って来なかったんだよ。折角新鮮なのを彼女に食べさせてやろうと思ったのにさ。

・・・どうなったの?

イヌというやつは、新鮮な獲物は好きじゃなくて、少し腐ったのがいいらしいんだな。結局数日してから持って来たけど、その頃には勿論人間には食べられない状態になっててさ。もういい、全部お前のものだよってね。あれはやられたね。

へえ!イヌが腐り掛けの肉が好きだなんて、知らなかった。


ボオイフレンド氏は「狩」もするので、装填してある大きなライフルなんかが家に転がっていたりする。


庭に植えたハーブや野菜をスカンクが荒らしに来るから、可哀相だけど仕方が無いから、これで撃つんだ。こっちも折角の仕事が台無しになっちゃ敵わないからね。

へぇ。成る程ね。

もし銃の撃ち方を覚えたかったら、教えてあげるよ。デッキの端に置いてあるあのブロックに銃を固定して、あの木の辺りに缶を置いて練習するんだけど、いざという時に撃ち方を知っているのと知らないのとでは、圧倒的に知ってた方が身を助けると思うんだよ。君も都会に住んでいるのだから、そういう機会が無いとは限らないでしょ?


それは確かに一理ある。

考えているうち、ボオイフレンド氏は続ける。


そういえば夕べ「ローファー」は、君に随分失礼な事を言ったね。君は只、自分のままでいるだけなのにね。やつは何故か知ったような口を利くんだよな。じゃあそもそも手前の「ローファー」は、一体何処の世界で溶け込んでいるって言うんだよ。あはは。

ホントに。あれで船にも乗って川にも行ったのには、びっくりしたよ。

俺も段々、やつは自分で言う程には物を知らない人間のような気がしてきたよ。

そう、そこが問題だと思うのよね。彼は自分は全てを知っていると思い込んでいる。

でも、ホントはそうじゃない。なのに、その調子ですぐ他人を批判し始めるんだ。



ボオイフレンド氏も「ローファー」のつまらない話を聞いてやっていたのだ。彼はお客をもてなそうと皆に気を使って、今だってこうやってワタシのご機嫌も取ってくれて、大変である。彼女もそうだが、この二人は今週末、本当に気苦労が多かった事だろう。


皆が一通り支度を済ませたところで、最後に例の町に一軒しかないというレストランで昼飯を喰って帰ろう、という話になる。

友人はボオイフレンド氏の車に乗り込み、「ローファー」が友人の車を運転して後を追う事になった筈なのだが、「ローファー」は先に発進してそのままずんずんと車を走らせてしまう。「従姉」とふたりして、あの娘は自分で決断が出来ないから、彼が代わりに決めてやっているのだ、間抜けだねとか、もうこんな時間だから、食事なんかしていたら帰り道が込んじまって家に辿り着けなくなるよとか言っている。

そのうち、もうこのまま行っちまおうと思うんだが、君はどう思う?と聞いて来る。

ワタシは冗談めかして、ひょっとしてワタシはさらわれるんですか、と言いながら、こっそり携帯電話を取り出して電源を入れてみる。ここぞという時に限って、案の定「ローミング」しているが、そうこうしているうち後方に彼のでかいトラックが見え始める。早く追い付いてくれ、と祈る。

彼女はこの事を知っているんですか?荷物はこっちに積んでるし、一応知らせた方が良いのでは・・・

うーん、まぁでも彼女は此処には何度も来ているのだし、別に今日帰らなくても問題ないだろう。

そのうち「従姉」が、ちょっと、トラックが見えないけど、別の方角へ曲がったんじゃないかしら、一応待ってみた方が良いかもよ、と言う。それに応じて「ローファー」は路肩に車を止める。暫くして、トラックが追い付き、友人が手を振りながら追い抜いて行く。


目指したレストランは、連休最終日とあって、休業していた。

がら空きのレストランの駐車場に、車が停まる。見るとボオイフレンド氏のトラックの後方にイヌが乗っていて、こっちを向いて尻尾を振っているのが見える。

ワタシは直ぐに車を降りると、トラックの向こう側へ回る。イヌに話し掛ける振りをしながら、ワタシは友人に「ローファー」と「従姉」が彼女を置いて帰ってしまおうと話していた事を伝える。彼女は表情を曇らせながら、でも、それには驚かないわね、あの人たちなら、遣りかねないわ、と言う。

ボオイフレンド氏がもうひとつ、ある葡萄酒製造所内に食堂があるから、そこに行ってみようと提案する。しかし行ってみると、そこも閉まっていた。駄目だな、この連休は、と彼は悔しがる。

「ローファー」と「従姉」は、いや、君は出来るだけの事をしたのだから、いいさ、それより俺たちはあんまり腹は減っていないから、もうこのまま行こうと思うんだが、と言う。

ワタシは友人の顔を見る。どうしよう、予定より早くお別れの時がやって来てしまった。


あの、ワタシ、クリネックスなら持っているから、いつでも言ってね。

ああ、汗でメイキャップが酷いって事?

いえ、そうではなくて、嗚呼離れたくないわハニー!うるうる・・・、てな事になるかなと思って。


するとボオイフレンド氏が、いや、俺たちはこんなのもう何度もやって、慣れているから大丈夫、と言って、じゃあまた直ぐ会いに行くからね、愛してるよベイビー、と彼女を抱きしめる。あら、意外とあっけなく終わるのね。

ワタシたちも滞在中のお礼を言って、あっさりとさよならをする。今度街にやって来たら、会おうね。元気でね。


帰路は特に渋滞も無く、これまたあっさりと帰京する。

「従姉」と「ローファー」のアパートの前で彼らを落っことすと、友人が駐車場まで行く序でに家まで送って行ってやる、というので、自宅に着くまでの間に彼女が知らぬ間に起こった色々の出来事を掻い摘んで話す。呆気に取られて息を飲む彼女。


貴方、随分我慢したのね、辛い思いをさせて御免なさいね。でも私あの人と親戚関係だなんて、未だに信じられないのよね。だって、余りにも育ちが違うというか、家族関係も全く違うし。でもあのふたりはよくそういう事をやらかして、友人のパーティーなんかでも色々と言うべきでない事を言ったりなどして、以後二度と再び呼ばれなくなった、なんて例が一杯あるのよ。

やっぱりね。まぁそういう訳だから、ワタシも今後彼らと一緒にディナーとかっていうのは、遠慮させて貰うわね。寿命が縮みそうだし。

そうね、今度は彼らを呼ばないパーティーの時に招待するわね。

うん、有難う。それ以外は、今回の旅は皆素敵だったし、とても堪能したよ。彼もご両親もお友達も、人々は皆親切だったし。まぁ一部の人々は問題があるのかも知れないけれども、少なくともワタシが経験した範囲では、然したる損害も無いし、結果オーライ。

そう、それは良かった。楽しんでくれたのなら。



今回の小旅行では、友達や同僚や上司といった人々は幾らでも変更が可能だが、家族や親戚は選べない、という事を学ぶ。


完。



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