Mako Hakkinenn's Voice
by Mako Hakkinenn



 集団即興の境地、ウェザーリポート
2006年04月11日(火)

 ここ2日ほど70年代のレコードレビューをお送りしてきましたが、今回も引き続き、LPレビューをお送りいたします。3回目の今回お送りするLPはこちら。


ウェザーリポート「I SING THE BODY ELECTRIC」
(1972)


 ウェザーリポートと言っても“天気予報”のことではなく、かのジャズサックスプレイヤー、ウェイン・ショーターが巨匠マイルス・デイビスのバンドを脱退した後に、ジョー・ザヴィヌル(キーボード)、ミロスラフ・ヴィトウス(ベース)、アルフォンゾ・ムザーン(ドラムス)とともに集団即興をコンセプトとして1971年に結成したバンドのこと。

 70年代に突入したジャズシーンを震撼させるグループが、この年の瀬に結成されました。ナショナリティも肌の色もまったく異なる4人によって結成されたこのグループは、ある意味で時代の要請が作り出した必然のグループだったと言われています。エレクトリック・イクイップメントを味方につけたウェザーリポートは、以後1985年の解散まで様々な変遷を続けながらもジャズ=フュージョン界を疾走しました。
 このウェザーリポートは、デビュー当時はショーター、ザヴィヌル、ヴィトウスの3人でしたが、単純にウェイン・ショーターのレギュラーバンドというイメージが強かったようです。「ウェザーリポート」というバンド名もショーターがつけたもので、バンドのスタイルである集団即興という手法もショーター自身が追求していったもので、デビューアルバムの「ウェザーリポート」では3人の個性がバラバラに表現されていてまとまりなかったと言われています。
 しかし、今回ご紹介する彼らの2枚目のアルバム「I SING THE BODY ELECTRIC」で、この3人の個性が融合したバンド・サウンドが確立されたと言われています。

 僕はこのウェザーリポートというバンドを、今回レコードを譲り受けるまでは名前しか知りませんでした。しかしこのバンドのメンバーはそれぞれがジャズ界のスターたちで、ウェイン・ショーターは言うに及ばず、ジョー・ザヴィヌルはマイルス・デイビスに見いだされ、ミロスラフ・ヴィトウスはハービー・マン、チック・コリア、ラリー・コリエルらと共演し、ムザーンはバート・バカラック、ロバータ・フラックらと共演しロイ・エアーズとの演奏も有名です。このジャズ界の実力者4人が“集団即興”という新たな手法を追求して新しいバンドを結成したということが、どれだけセンセーショナルなことであったかということは、想像に難くありません。

 では、実際にこのウェザーリポートの「I SING THE BODY ELECTRIC」を聴いた感想を書いていくことにしましょう。例によって僕は初めて聴くサウンドなので、ライナーノーツなどのサウンドに関する予備知識はまったくない状態での感想です。

 収録曲は「UNKNOWN SOLDIER」、「THE MOORS」、「CRYSTAL」、「SECOND SUNDAY IN AUGUST」、「VERTICAL INVADER」「T.H.」「DR.HONORIS CAUSA」「SURUCUCU」「DIRECTORS」の9曲。その始まりである「UNKNOWN SOLDIER」は、無名戦士という題名にふさわしく、軍隊マーチのようなスネアのロールや細かく刻まれるハイハットの中で、ショーターのテナーサックス、ヴィトウスのベース、ザヴィヌルのエレクトリックピアノが無秩序に絡み合い、がむしゃらにもがき苦しむような様が表現されていました。特に非常に速いテンポのシンバルのリズムが、曲に緊張感を与えています。先述のように集団即興の手法が取り入れられているため、3つのパートはそれぞれ自分たちの個性をぶつけているようでしたが、そこには不思議と調和があり、バランスよくかみ合うことで曲全体としては非常にまとまっており、しっかりと1つの音楽としてまとまっていました。

 2曲目以降も基本的には同じ手法によって展開され、即興でとりあえずそれぞれが演奏してセッションし、各曲が出来上がった後にその完成品を聴き直して、曲の雰囲気に合った題名を後付でつけているんじゃないかと思ってしまうほど、すべての曲が抽象的で調の概念は皆無でした。その代わり、2度と同じ演奏は再現できないような曲が続き、独特のライブ感と、その中に不思議な一体感が存在していました。
 各曲の題名も“無名戦士”“荒野”“クリスタル”と漠然としたものが多く、きっとそうした曖昧なテーマの中でおのおのが感じたイメージを音で表現して、それが一体感を生み出しているのではないかと思いました。

 アルバム全体を通して、ウェザーリポートのアンサンブルは独特の雰囲気を持っていると言うことがわかりました。即興音楽となると大抵共通する、全体的に不安感を与える雰囲気はあるものの、その中に非常に幻想的な世界観があり、それそれのパートが個性を遺憾なくぶつけ合っているので、とても躍動感があり活き活きとしたサウンドに仕上がっています。
 そしてその中でも特に強烈に印象づけられるのは、やはりウェイン・ショーターの印象的なテナーサックス、ソプラノサックスの響きでした。彼のサックスの音色は、他のパートが低音部で細かいビートを刻みながら展開していく中で、とても高く美しく、そして伸び伸びと曲の中に入り込み、一筋の光のような存在感を放っていました。

 このアルバムに合いそうなシチュエーションは、まったく思いつきませんね。お酒を飲みながらとか、コーヒーを飲みながらとか、雨が降る日にとかよく晴れた日にとか、そういったありきたりのシチュエーションは、このアルバムにはまったくふさわしくないと言ってもいいでしょう。ただこのアルバムを聴くことだけに集中する、このアルバムはそういうアルバムです。



↑エンピツ投票ボタン
My追加


≪過去 未来≫ 初日 最新 目次 MAIL HOME


My追加