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2026年06月18日(木) 落語風競馬噺「縁はタバルの雨となり」

落語風競馬噺「縁はタバルの雨となり」



えー、世の中には不思議なご縁というものがございます。

人と人の縁、馬と人の縁、そして時を越えて巡ってくる縁。

本日のお噺は、競馬の世界に実際にあった、少々出来すぎたようなご縁のお話でございます。

むかしむかし――と言いましても平成の頃。

栗東という競馬の町に二人の少年がおりました。

一人は石橋守。一人は武豊。年は石橋の方が少し上。

近所で育ち、競馬学校へ進み、同じ夢を追いかけました。

石橋が先に騎手となり、後から入ってきた武豊は、あれよあれよという間に天才と呼ばれるようになります。

「おい守さん」

「なんやユタカ」

「競馬って面白いな」

「そら面白いわ」

そんな仲でございます。

やがて二人の前に現れたのが、人情馬主として知られる松本好雄という旦那。

競馬場へ行っても偉そうな顔をせず、誰にでも気さく。馬より先に人を見る。そんな男でございました。


ある日、松本旦那が言いました。

「守くん、この馬どうやろな」

それが後の名馬、メイショウサムソン。

石橋守はこの馬とともに皐月賞を勝ち、日本ダービーまで勝ってしまう。

四十二歳。苦労人騎手の悲願達成。競馬場は大騒ぎ。

「守がダービー勝った!」

「よかったなあ!」

「泣けるやないか!」

この時武豊は皐月賞でアドマイヤムーンという馬に乗り1番人気で4着、ダービーでは3番人気で7着にに敗れます。

それでも石橋守のこの勝利を自分のことのように喜び
「石橋さんは、小さい頃からずっと可愛がってくれていた存在でした。自分がリーディングジョッキーになった後も、それは変わらなかった。今回負けたのは悔しいけれど、石橋さんが勝ったのは、本当に嬉しかったです」と語ります。




ところがね、神様も意地悪なもんで、人生めでたしめでたしで終わりません。

翌年、世界最高峰の凱旋門賞へ挑戦する話が持ち上がる。

そこで松本旦那、悩みに悩んで決断する。

「守くん、すまん」

「ユタカに頼みたい」

普通なら大揉めです。皐月賞とダービーを勝った騎手を降ろすんですから。

ところが松本旦那、電話一本で済ませない。酒席を設けた。

石橋守。

武豊。

松本好雄。

三人が向かい合う。

松本旦那が頭を下げる。

「馬のためや」

「守くんのせいやない」

「わしの決断や」

酒が進む。沈黙も流れる。武豊も気まずい。

何しろ相手は子供の頃から知る先輩。石橋も悔しい。

悔しいが、サムソンへの愛情は誰より深い。

「馬のためなら仕方ないな」

こうして三人の縁は切れなかった。

残念ながら様々な事情で凱旋門賞挑戦が1年先延ばしになる。

しかし翌年を見据えて武豊の騎乗は継続し天皇賞秋では見事な勝利を収めます。

そして2008年、ついに武豊でメイショウサムソンは凱旋門賞に挑戦するわけですが、残念ながら世界の壁は厚く10着に敗れます。

武豊は「松本オーナーのためにも、石橋さんのためにも、どうしても結果を出したかった」と悔しがります。

普通ならこれで人間関係に亀裂が生じるなんてこともあるのが世の中。

ところがメイショウサムソンが帰国して次はジャパンカップに挑戦という時に武豊が落馬しましてケガを負ってしまいます。

そこで松本オーナー「守、行けるか?」
石橋「行きます」
2つ返事で騎乗依頼を受けます。
武豊も「石橋さん、お願いします」と石橋守&メイショウサムソンの勝利を祈ります。

結果は8着に敗れたもののこうして3人の絆は雨降って地固まる、さらに強いものになっていくわけですよ。



それから年月が流れる。

石橋守は騎手を引退。調教師になった。厩舎を開く。

すると武豊がやって来る。

「守さん、乗るで」

口では軽い。

だがその一鞍には、長年の友情が詰まっていた。

武豊の心の内では「自分が絶対にG1を取らせるから」という炎が燃えていた。


松本旦那も変わらない。

「守くんに預けるわ」

そう言ってずっと馬を送り続ける。



そして2025年。

一頭の馬が現れる。

メイショウタバル。

調教師・石橋守。

騎手・武豊。

馬主・松本好雄。

競馬の神様も粋なことをする。

二十年近い時を経て、あの三人が再び同じ船に乗った。

あのメイショウサムソンは宝塚記念に2度挑戦し共に2着、勝利には届かなかった。


2025宝塚記念。

スタート。

タバルが逃げる。

逃げる。

逃げる。

粘る、頑張る、メイショウタバル。
ベラジオオペラの追撃を振り払ってゴール!

勝った!

石橋守、調教師としてG�祇�覇。

武豊、目には歓喜の涙が浮かぶ。
それはただの勝利ではない、松本オーナーと石橋守の馬での勝利だから。

松本旦那、大喜び。

表彰式。

三人の笑顔。

松本旦那が言う。

「できすぎやなあ」

本当にできすぎだった。

ところが人生は、またしても続きを用意していた。



その年の後半。

松本好雄オーナーが天へ旅立つ。

競馬場から聞こえる声。

「メイショウさんがいなかったら」

「守もユタカも違う人生だったかもしれんな」

誰もがそう思った。

石橋守も武豊もなんとかもう一度メイショウタバルで勝利をと、その年の天皇賞秋、有馬記念と挑戦するが勝利ならず。



明けて2026年、春の大阪杯では3番人気に指示されるも前年のダービー馬クロワデュノールにゴール前あと一歩というところで差されて2着。

勝てないのか?昨年の宝塚記念はまぐれだったのか?


そして迎える2026年の宝塚記念。
断トツの1番人気は大阪杯、天皇賞春と連勝中のクロワデュノール。
もうこの馬の圧勝かという雰囲気です。


ところがレース直前、空が真っ黒になる。

突然の遠くが霞むほどの豪雨。

馬場は良馬場からほんの数分で重馬場に変わるという異常事態。

観客が言う。

「こんなん無理やろ」

「田んぼやないか」

ところが一頭だけ、平然としている馬がいる。

メイショウタバル。

まるで空の上から、誰かが見ているような雨。

ファンが囁く。

「松本さん、見てるんやないか」



そうこうしているうちに各馬ゲートイン。

そしてそのゲートが一斉に開く。

その時にはもう雨は上がっております。


いつものように逃げるかと思ったメイショウタバル。
しかし内からするするとコスモキュランダが先頭へ

そこで抑える武豊。
「今のお前なら我慢できるやろ」

歯を食いしばり泥を蹴り上げるメイショウタバル。

3コーナー4コーナー徐々にコスモキュランダとの差を詰める。

メイショウタバルの後ろにピッタリとマークするクロワデュノール。

最終コーナーを周って直線。

タバルが行く。コスモキュランダを捕らえる、交わす。先頭に立つ。

その後ろで迫るクロワデュノール。差が縮まる。

また行く。

まだ行く。

「お前の力はこんなもんやないやろ」

武豊のムチが唸る

クロワデュノールが追いつけない。

ゴール!

連覇!

二年連続宝塚記念。

武豊は空を見上げる。

石橋守も空を見る。

そこにはもう松本旦那はいない。

だが二人には聞こえた気がした。

「ようやったな」

「馬がおった」

「人がおった」

「そしてまた人がおる」

それは松本旦那が大事にしていた言葉。

競馬というのは馬が走るだけではございません。

人がいて、

縁があって、

時には別れもあって、

それでもまた巡り会う。

メイショウサムソンからメイショウタバルへ。

石橋守から武豊へ。

そして松本好雄から未来へ。

えー、長いご縁のお話でございました。

おあとがよろしいようで。


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