WHITESTONE
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2006年11月01日(水)

僕の母校も入ってた(笑)




姉ちゃんの自作詩集発見した
姉ちゃんの自作詩集発見した2
姉ちゃんの自作詩集発見した パート3
【カカト】姉ちゃんの自作詩集発見した【オツゥフ】 パート4
姉ちゃんの自作詩集発見したR
姉ちゃんの自作詩集発見したR2
姉ちゃんの自作詩集発見したR3
【カツポ】姉ちゃんの自作詩集発見したR4【ロッキー】
【フツーに】姉ちゃんの自作詩集発見したR5【だめー】

詩集を晒されているお姉さんはかわいそうだが・・・
笑った(笑)
その詩に対するレスもおもしろすぎ。
電車男以来のヒット?
でもこれはドラマに出来ないかぁ(笑)





イジメについてちと語る
イジメがない学校、イジメがない社会は理想的
イジメがない世界は理想の世界

ん、お姉さんの詩を読みすぎて感化されてきたか(笑)

で、理想は理想であって、人類の歴史上からおそらくイジメが消えたことはないのではないでしょうかねぇ。

なんでもそうですけど、もっと現実を見ましょうよ。
学校でイジメはかならずあるでしょう。学校に限らず会社でも、近所でもあるでしょう。

もういい加減「イジメ根絶」というムリな目標は止めたほうがいいと思うのです。逆にイジメが常に必ずあるという前提で考えた方がいい。

雑草と同じです。
アスファルトすら破って出てくる雑草。

今の状態は雑草を放っておいて、「雑草なんかない!」って言ってるようなもの。そうではなく、雑草は必ず生えてきます。伸び放題にさせずに短く刈る。

イジメも極軽度のものは人間としての心の強さを鍛えるには必要な部分もあると思う。要はその程度ではないだろうか(個人によってその程度が違うという問題もありますが、もちろん最小限で)。今は子供に先を行かれている状態ですから、大人が先手先手でイジメ雑草を短く刈り取る作業が必要なのだと思います。

そのためには学校は生徒と先生という図式にもう一つ加えてもいいんじゃないかと思うのですがね。学校は勉強する場所と言う人がおりますが、私の意見は違います。

学校は勉強もついでに学べる小さな社会であると思うのです。それならばボランティアとかでなく、公的にもっと外部の人が介入してもいいんじゃないかと思うのですがね。

教育委員会は別ね。あれは先生といっしょだから。
先生も第三者の介入は嫌かなぁ。ナワバリを荒されるみたいな気分になるのかな?



ま、手間はかかるからね。
草刈をサボる人もいるし。




あぁ、あとはもう一つ、子供の自殺についてですが、僕自身はオカルト的なことは面白がって見たり読んだりしますけど、実は一切信じてない、大槻教授派です(笑)

でもね、それだけではきっと人間というのは生きてはいけないのだと思うのですよ。心の逃げ道ってのはあったほうがいい。その一つが宗教であったりするわけですね。

で、よくうちの息子が「死んだらどうなる?」とか聞いてくるので僕は「悪い事した人は恐ろしい地獄へ行く」とホラー映画並みに息子を恐怖のズンドコへと叩き落とします。自殺して楽になんてならんぞぉ、自殺したら自殺した時の痛みや苦しみが永遠につづいて生きているときの数万倍苦しいぞぉ、と脅します。

自ら命を絶つことがあまりにも美化されてはいないでしょうか?あとに残された者の苦しみ、悲しみを考えずに死に逃げたことを美化してはいけない。自ら命を絶つことはもっと醜く、残酷で、苦しいものであると子供たちには伝えた方がいいと感じているのです。そういう意味で「地獄」とか「地縛霊」とかっていうオカルトは非科学的ではあるけれど、教育としては正しいのではと思うことがあるわけです。


んー、長々書くとどうもまとまりがなくなりますなぁ。
いつものことですが。




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